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ある晴れた新緑が眩しい初夏の放課後。俺はSOS団部室で古泉とオセロで対決し、長門はいつもの無表情で本を読み、朝比奈さんはメイドの衣装でまるで蓮の花から生まれたんじゃないかってくらい可愛らしい妖精のように歩き回っていた。 コンピ研から不条理に強奪して来たパソコンと睨めっこしていたハルヒは叫んだ。 「キョン、依頼よ!依頼が来てるわ!」 ハルヒの大声に俺を含めたメンバーがハルヒの方に視線を集中させた。 SOS団に寄せられた依頼と言えば・・・ 生徒会長書記の喜緑江美里の恋人のコンピ研部長の件に 阪中さんのペットの件とかあったっけ。 久し振りの依頼だ。今度はまともな依頼である事を祈る。もう二度とカマドウマに襲われたくなどないからな。 デスクトップに映し出されたメール本文にはご丁寧に明朝体でこう書かれていた。 「光陽園駅前公園にしばかりを見る女性が現れます。それも、朝9時にいつも噴水前のベンチに座っているんです。それも1時間はそこから動かないんです。なんだか目も虚ろな感じで…怖いので調べてください、お願いします!」 「キョン、これって何か不吉な感じがすると思わない?この女の人はしばかりを見てるのよ!」 「あぁ、やっかいだな。で、この依頼をどうするんだ?」 「決まってるじゃないキョン、あんたが明日調べてくるのよ!」 なんだ?SOS団は全員一緒に行動するのが基本じゃなったのか? 「だってその女に殺されるかも分からないでしょ!?古泉くんや、みくるちゃんや、有希が傷ついたりしたら私は一体どうすればいいのよ!」 だったら団長であるお前がメンバーを守ればいいだろう。朝倉涼子の時みたいにナイフで殺されかけるなんてもうごめんだ。情報操作で治せると分かってても有希にもう2度と怪我などさせたくはない。ましてや、朝比奈さんに危害を与えた日には乱闘だ、乱闘プレイだ。 「とにかく明日調べて報告するのよ!でないと、死刑だから。」 言い終わるとハルヒは荷物を持って帰ってしまった。 やれやれ、不吉なのはどっちなんだか… さて、どうするか。 古泉に向き直って話しかける。 「なぁ、古泉。明日なんだけど…」 突然携帯電話の振動音が鳴り響く。 「ちょっと失礼」 あの野郎、わざわざ荷物を引っ張り出して出て行きやがった。しかもなんだあの笑みは。 「朝比奈さん、明日どうですか?一緒に行きませんか?」 朝比奈さんは少し考え込むと、顔を上げた。 「ごめんなさい、遠慮しておきます。」 断り、それ以降何も喋らずに帰り支度を始めてしまった。 最後の手段、長門。長門に聞いてみよう。 「なぁ、長門」 「何?」 「今回の依頼、どう思う?」 長門は、本に顔を伏せたまま答えた。 「ユニーク」 何? 今、長門はなんと答えた? ユニーク? この4文字にはどんな意味があるんだ? それになんだか長門の顔が震えてるように見えるのは何故だ?しばかりを見る女がそんなにユニークなのか? まぁいい。これ以上考えるのは止めてもう一度朝比奈さんに聞いてみよう。未来から来たんだから何か知っているかもしれない。 「朝比奈さん。」 帰り支度を終えた朝比奈さんはビクッとしてこちらを向いた。 「な、何でしょうか?」 「朝比奈さんは無理に着いてこなくていいんです。この依頼は危険らしいので朝比奈さんを巻き込みたくはありません。ただひとつ、聞きたい事があります。俺が明日公園に行くと、何が起こるんですか?」 朝比奈さんは天使のような微笑を見せ、人差し指を唇に当ててこう言った。 「禁則事項です。」 それだけ言うと部室を出て行った。 長門も「ぱたん」と本を閉じ、部室を出る。 くっ… 自分の目で確かめるしかないのか。 次の日、俺はまだ6月になったばかりだというのに真夏日並みの気温の中、自転車をこいで光陽園駅に自転車を置き、公園にやってきた。 そろそろ「しばかりを見る女」とやらが来る時間だ。 何処かに身を隠そう。 俺は、噴水前のベンチのはす向かいにあるベンチに隠れる事にした。 そうこうしていると、噴水前のベンチに女がやってくる。 女は何度か携帯電話を取り出して時間を見ている。 「な、何が始まるんだ?」 現在の時刻は午前9:30、それは起こった。 俺は目を疑ったね。今の自分の動作を漫画チックに表わすと両手と両足を伸ばし、仰向けにスライディングするというなんとも痛々しいズッコケだ。 なんせ女は恍惚とした表情で、「芝刈り」を始めた全身薄茶色の作業服を着た30代半ばかと思われる阿部寛に似たスーツが似合いそうな男性2人を見てウットリしてたんだからな。 なるほど、古泉や長門や朝比奈さんが笑いを堪えてた理由が分かった気がする。 おまけに、メールの本文にはしっかりと 「光陽園駅前公園に芝刈りを見る女性が現れます。」 と書いてあったしな。
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5 章 それから数日、長門は会社を留守にしていた。物理学の学会で発表があるとかで遠方に出張していて、今日帰ってくるはずだ。 俺は駅前のケーキ屋でスイス風ケーキを買って長門のマンションを訪ねた。入り口でインターホンを押すと、もう帰ってきているらしくいつもの無言でドアを開けてくれた。エレベータで七階まで上がり、踊り場まで来ると七〇八号のドアだけが少しだけ開いているのが見える。長門はいつも、俺が来るのをドアの前でじっと待ってくれている。 「おう、おかえり」 「……ただいま、おかえり」 「研究会はどうだった」 「……いつもどおり」 「そうか。おつかれさん」 こいつなら四年も五年も待たずにさっさと博士号を取ってしまえそうなのだが、大学院にいるのはハカセくんのためで、本人はさほど学歴を必要とは感じてないらしい。まあ人間の作った称号だか。将来は長門博士と呼ばないといけないかもな。 キッチンに入ると、だいぶ様変わりした雰囲気だった。前は小さな冷蔵庫しかなかったが、三ドアの大型冷蔵庫とか水蒸気で調理するオーブンレンジなんかが揃っていた。食器棚に積まれた食器もカラフルなものが増えたし、コーヒーメーカーやフードカッターなんかも並んでいる。 俺がたびたび来るようになってから料理のレパートリーも増えた。キッチンの棚にフレンチにイタリアンに洋風一式、京料理に中華、メキシカンからハワイアン、アフリカンのレシピ本が並んでいる。すべてをマスターしたのかどうかは分からないが、イボイノシシのケニア風ソテーだといって食卓に出されればポレポレ言いながら食ってしまいそうだ。 俺は棚の上から紅茶の缶を取った。そんなに高いブレンドでもないが、北口デパートの専門店で二人で買ったものだ。その隣にペットのエサの缶詰が積んであるのに気が付いた。キッチンの床に小さな皿が二つ並んでいて、星の形をしたペットフードが入っていた。 「長門、犬か猫か飼ってるのか」 「……猫」 見回してみたが、その気配はない。確かに、シャミセンと同じ猫独特の匂いがする。 「どこにいるんだ?」 「……いつもはいない。ときどき、現れる」 「って、もしかして野良猫?」 「……そう」 マンションの七階の部屋まで登ってくる野良猫って、どんなやつだろう。たぶん他所んちの猫がたまに紛れ込んでくるのだろう、と、俺は勝手に解釈した。だいぶ前にメガネの長門に猫を飼えと勧めたことはあるが、この長門はそれを知らないはずで、それはそうとこのマンションってペット禁止じゃなかったっけ。 紅茶のポットにお湯を注いでいると足元でミャーと鳴き声がした。見ると、小さな黒い仔猫が足にまとわりついている。しっぽをピンと立てて俺の足に体をこすりつけるようにしてぐるぐる回っていた。鼻のまわりと両方の前足だけが白い。 「おう、こいつか」俺は仔猫を抱き上げた。「名前、なんて言うんだ?」 「……言えない」 「言えない?まだつけてないのか」 「名前はある。……でも、言えない」 「なんだクイズか?えーっとだな」 俺は冷蔵庫から牛乳のパックを取り出して猫の皿に少し注いでやった。小さなピンクの舌がチロチロとミルクをなめはじめた。皿の底が見えるまでなめ回し、満足したらしく毛づくろいをはじめた。その仕草がかわいくて、俺は海産物ファミリー的アニメな猫の名前で呼んでみた。 「おい、タマ」 仔猫は耳の後ろを二度ほどかいて、消えた。俺は目の前でなにが起こったのか理解できず、長門の顔を見た。 「今の、見たよな?」 俺が言う、この“消えた”というのはどこかに行ったとかいうんじゃなくて、本当にスッと消えたのだ。 「……この子は、ふつうの猫じゃない」 次の瞬間、仔猫は長門の腕の中にいた。 「……この子は、量子的存在を保持している」 ええとつまり、もっと分かりやすく教えてくれ。 「……名前を呼ぶと、居場所が分からなくなる」 「名前はなんて言うんだ?」 「……ミミ」 ちょっとためらってから長門がその名前を口にすると、仔猫は腕の中から消えた。 「また消えたな」 「……名前を呼ぶと存在が曖昧になる」 「じゃあ、呼ぶときはどうするんだ?」 「イメージを想像すれば現れる。あるいは、この子が自分が気が向いたときに」 試しに姿を思い浮かべてみた。すると、再び長門の腕の中に現れた。まん丸い目が二つ、なにごともなかったかのようにこっちを見ている。 「名前を言っちゃいけないのか」 「……そう」 うちに来て七年になるシャミもかなり妙な猫だが、こいつもまた変な猫だ。 耳の後ろをほりほりしてやると喉をゴロゴロと鳴らした。目の前で指を回すと、前足の爪を出して後を追う。この辺はふつうに猫だな。 ポットの紅茶を持ってリビングのこたつに移った。ミミは長門の膝の上に前足を乗せ、もじもじと足を動かした。長門の細い指がミミを抱えて膝の上に載せ、つやのある毛をなでた。たまに喉を鳴らす音がする。 「生まれて三ヵ月くらいだろうか」 「……それは分からない。さっき見たときは大人だった」 「よくわからんのだが、朝比奈さんとかハカセくんの亀みたいなタイムトラベルか」 「……あれとは理論的に異なる。この子は最初から、時空に対して曖昧な存在」 「もしかしたら十一人、いや十一匹が突然現れたりする?」 「……分からない。ゼロ匹とも、無数に存在するとも言える」 それを聞いて不安になった。どこぞの星の丸っこい動物みたいに増殖しだしたらどうしよう。 ミミは長門の指にじゃれていた。仔猫と遊ぶ長門を見ていると、ほのぼのしていていい絵になると思う。うちのシャミは、最近はもう昼寝をしているだけの肥満猫になってしまった。あれよりはこの子のほうが似合う。 仰向けになってじゃれついていたミミが、何かの気配を感じたのか起き上がって耳をピンと立てた。一心に壁を見つめ、漆黒の瞳孔がまん丸に開いている。長門が手を離すと、ミミは立てたしっぽを左右に振りながら壁に向かって歩き、そのまま壁の向こうへと消えた。 俺は目をしばたいた。 「いま、壁を通り抜けたように見えたが」 「……そう。どこにでも現れる」 ということは、隣の家に忍び込んでサンマを奪ってそのまま逃げることもできるわけだ。便利なやつだな。 俺と長門は、ミミが消えた壁を眺めながらケーキを食った。 「そのうち帰ってくるんだろうか」 「……気が向けば」 静かに紅茶をすすっていた長門が、ふっと呟いた。 「……わたしも、同じことができる」 「その、量子的なんとか?」 「……そう」 そういえば高校のときマラソンで同じようなことを言ってたな。長門はすくっと立ち上がって、バレリーナのようにつま先で立ち、くるりと回った。スカートの裾が舞った。回りながら消えた。俺はしばらくポカンとしていた。数秒後、同じところに現れた。 「思い出した。量子飛躍だったな」 「……そう」 「消えている間はどこにいるんだ?」 「……同じ空間にいる。あなたからは見えないだけ」 長門はそう言って、また消えた。数秒たっても現れなかったので不安になって呼んだ。 「おい……長門?」 気配を感じて振り向くと、真後ろにいた。 「あ、そこにいたのか」 「……捕まえてみて」 ニヤリと笑ったりはしないが、右の眉毛を上げてみせる長門はそんな雰囲気だった。なるほど、こういう遊びは好きだ。俺は笑いながら立ち上がった。 「よーし、捕まえてやるぜ」 俺は部屋の中をむやみやたらに走り回って長門が現れた場所を追いかけた。 「つっかまえた!ってあれそっちかよ」 ゼイゼイと息を切らせながら部屋のあちこちを手探りしていたが、こりゃ作戦がいるな。消えたり現れたりする長門を見ていると、現れるのは正確に三秒後だ。俺は消えた場所と現れた場所に、予測できそうな関係がありそうかどうか考えた。 「……こっち」 微笑を浮かべた長門が、さっきミミが消えたあたりに現れた。これ、かなり高度なもぐら叩きだよな。 長門が消える。三、二、一。「……こっち」声がして振り向くと、また消える。三、二、一。「……あなたの、後ろ」また消える。 手を述べようとするが間に合わず、何度か空振りして俺は宙をにらんだ。ぜったい捕まえてやる。こういうときはもう直感に頼るしかない。そう、頼りになるのは気配だけだ。 現れる直前に空気が少しだけゆれるはずだ、なんて格好つけて考えてみたがまったく分からない。俺は宙を飛ぶ羽虫を捕まえるかのように耳をそばだてた。 長門が再び現れる一秒くらい前だろうか。なんとなく、そこに、いる、ような気がしたのだ。俺は両手を広げ、なにもない空中を大きく囲んだ。 「……あ」 「捕まえたぜ」 背中から俺の腕の中に閉じ込められた長門がいた。 「……どうして、分かった」 少し驚いていた。 「ただの直感さ」 「……興味深い」 ふ。人間には第六感とかヤマ勘とかいう非論理的未来予測機能があるのさ。長門が、ほんとに?という顔をして横目でこっちを見た。ほんとに勘だったのかどうか自分でも分からん。ただの偶然だろう。 俺はじっとそのまま、長門を背中から抱きすくめていた。せっかく捕まえたのを手放すのはなんだか惜しい気がした。このままキスをしようかとふと誘惑にかられそうになったが、足元でミャーミャーと声がした。ミミが俺のズボンに爪を立ててよじ登ろうとしている。仔猫というのは他人が遊んでいると寄ってくるものだ。 「この子を呼ぶ方法がひとつ分かった。俺たちが遊んでいればいいんだ」 「……ときどき、わたしと遊んで」 おう、いつでも遊んでやるさ。俺が遊ばれてる気もするが。 それからミミと長門を追い掛け回す、超高度なかくれんぼに付き合った。ミミには名前を呼んで消えてもらった。壁抜けをする長門より、ミミを捕まえることのほうが存外難しかった。この子には直感が通用しないようだ。 遊び飽きて眠くなった仔猫をなでまわし、俺も時計を見て、そろそろ帰ることにした。長門の膝の上でスヤスヤと眠るミミを起こしたくなかったので、俺は見送らなくていいと言った。 マンションの外に出ると冷たい風が頬を刺した。そろそろ夜が寒い季節だ。帰りの道すがら、俺が長門を捕まえたのは本当に偶然だったのか、それとも長門が狙って現れたのか、ずっと考えていた。 自宅に戻り、部屋に入るとベットに太ったシャミセンが寝そべっていた。 「おい、デブ猫。どいてくれ」 シャミはしぶしぶ場所を空けた。 「今日な、長門んちにかわいい猫がいたぞ。お前も昔はあれくらい器量がよかったのにな」 シャミはいらぬ世話だというように、しっぽを一振りしただけだった。ほとんど家から出ないで食っては寝るだけの生活なんで、まるで歩くハムみたいなありさまだ。もうネズミすら追いかけないだろう。 「少しはダイエットしたらどうだ。肥満は心臓に悪いらしいぞ」 眠そうな目をしたシャミは、腹のたるんできたお前に言われたかねーよという感じなので、俺もどうでもいい感じに放っておいた。 毛布を広げようとしたところ、突然シャミが飛び上がった。ドアに向かって歯をむき出して唸り声をあげている。俺は向こう側に誰かいるのかと思い、ドアを開けてみたが、誰もいない。 「ほら、誰もいないだろ。なにをそんなに怒ってんだ」 なだめてみるが、シャミの戦闘態勢はいっこうに治まらない。しっぽがクリーニング後のセーターみたいにふわふわに毛立って膨らんでいる。 突如、閉まったドアを通り抜けて、一匹の猫が現れた。ミミだった。 「ミミ、お前、ついて来ちまったのか」 ミミはふっと姿を消した。長門に名前を呼ぶと消えてしまうと言われていたことを忘れていた。再びイメージを呼び起こすと、また現れた。あいつの説明によるなら、ついて来たというより直接やってきたというほうが正しいかもしれない。 「シャミ、こいつが長門んちの猫だ。仲良くしろ」 俺がミミを抱いてやると、シャミは警戒しつつ匂いをかいだ。 「ほら、友達だから」 ミミはシャミの鼻先をなめた。猫社会のしきたりは一応知っているみたいだな。 俺は携帯を取り出して、部屋にミミが現れたと長門にメールしてみた。すると返事には「こっちではまだ膝の上で眠っている」と書いてあった。 KYON もしかして異時間同位体みたいなやつ? YUKI.N 厳密には同位体ではなく、量子収束の一形態。 KYON よく分からんのだが。これもミミってことでいいのか? YUKI.N いい。存在が曖昧なだけで、同じ個体。 なるほど。量子世界の話はちょっと理解できん。 「シャミ、そういうことだそうだ。仲良くな」 なにがそういうことなのか俺にも分からんが。シャミは理解したのかしなかったのか、ミミの顔をなめて毛づくろいをはじめた。 オス猫を飼っている人は知っていると思うが、オスというのは季節によっては妙な行動を起こす。二三日ぷいっといなくなったり、傷だらけで帰ってきたり、丁寧に何度もマーキングをやったりする。シャミも若い頃はよく喧嘩傷を残して帰ってきたものだったが。 毛づくろいしていたシャミがミミに向かって嗄れ声で鳴きはじめた。 「おいシャミ、初対面で盛ってんじゃない。この子は長門んちの娘だぞ」 ミミはツンとすました顔で、やって来たのと同じにドアを通り抜けて消えた。まさか夏へと消えていったのではないだろうが。シャミは慌てて後を追いかけ、閉まったままのドアに激突した。鼻を思い切りぶつけたようだ。 「ふられたみたいだな」 俺はくっくっくと笑いを抑えられなかった。 ミミがなぜ長門の部屋に現れたのかを知ることになるのは、数日後のことだ。 何往復かは知らないが、あれから何度か未来とやり取りがあったようだ。分厚い大理石で蓋をしちゃ壊しを繰り返していた。向こうのハルヒからは相変わらず差し障りのない映像くらいしか送られてきてないようだが。 「そろそろ生き物を送ってもいいかもねぇ」 「俺はぜったい行かんぞ。死んでも行かんぞ」 時間移動中に分子レベルまで分解でもしたらコトだ。 「バカね、あんたがこの穴に入るわけないじゃない。もっと小さい、植物とかハムスターとかよ」 それを聞いて安心した。人体実験をやるときには社長自ら志願してくれ。 ハルヒは花束と鉢植えのサボテンを持ち出してきた。このサボテン……。 「あの、長門。ちょっと心配ごとがあるんだが」 「……なに」 「ハエ男って知ってるか」 「……知っている」 「転送中に分子が入り乱れてバケモンになっちまう話なんだが、まさかあんな事故は起こらないよな」 長門は笑いをこらえているようだった。 「……大丈夫。あれとはエネルギー媒体が異なる」 だったらいいんだが。タイムトラベルしてみたらサボテンがハエとかクモと合体してたなんていやだぞ。 「まずはこれ、送ってみましょう。あたし宛にね」 「自分に花束贈るなんて、ちょっと虚しくないか」 「なによ、あんたが贈ってくれるっていうの?」 「ううっ」 「僕が贈って差し上げましょう」 古泉が割って入った。 「うれしいわ、古泉くん。乙女心が分かってるわね。キョンも少しは見習いなさいよね」 よけいなお世話だっつの。 「では、未来の涼宮さんに」 古泉はメモ書きをメッセージカードにして花に添えた。崇高な科学実験だってのになにやってんだこいつらは。 またもや同じように分厚い石の板でフタをしてパテで埋めた。 「思ったんだが、この大理石のフタって意味あんのか」 「蝶番を取り付けて金属製のドアにしてはどうでしょう。毎回壊すのもコストが上がってしまうと思うので」 大量注文した大理石の板で会議室が埋まっている。高く積まれた石が二十枚ほどあり、もし地震でもきたら下敷きになるやつが出そうだ。 「……」 長門がなにか言いたそうだった。後で教えてくれたことだが、ハルヒのかしわ手と、この大理石の分子構造が微妙なマッチングにあり、このワームホールの機能を稼動させているらしい。かしわ手のエネルギーの波が大理石の一部をクォークまで分解して反粒子を生み出している、とか、ふつうにはあり得ないデタラメな現象らしいが。 「手間を惜しんでは科学の進歩はないわ。最初の手順どおりやってちょうだい」 ハルヒの一声で現状継続が決定した。まあ社長自ら肉体労働をやってくれるってんなら止めはしないが。 すぐにメモリカードで返事が来た。今度は小さな包みも一緒に来た。なんだろうこれ。映像には花束を抱えるハルヒが映っていた。 『古泉くん!花束ありがとう。もうあたしったら感激しちゃって(ここで涙を拭く真似)。花もサボテンも、DNA分析してもらったけど異常はないわ。あと、木のタネを送っといたわ。それ、どっか広い場所に、そうね、北高のグラウンドの隅にでも植えといて。あんたが植えてくれたら、あたしが成長した木を見に行けるってわけよ。キョン、これ何のタネだっけ?ああ、そうそう、バオバブ』 「大成功ね」ハルヒがにんまり笑った。 「バオバブって、幹が太いでっかい木じゃないか?」 「アフリカのサバンナに生えてるやつね」 「でかくなりすぎて星を食いつぶしてしまうとかじゃなかったか」 「それは絵本の話でしょ」 相変わらず妙なことを考えつくやつだ。セコイアとか屋久杉じゃなくてよかった。 翌日、ハルヒはペットの移動用ケージを抱えてきていた。中からミャーミャーと鳴く声がする。 「いよいよ動物実験をやるわよ」 「おい、ちょっと待て。大丈夫かそんなことやって」 「植物が大丈夫なんだから、問題ないでしょ」 とは言ってもなぁ。一抹の不安が拭いきれん。 「向こうでバケ猫になって出てきたらどうする」 言ってみて、我ながらバカだと後悔した。 「そんときは送り返してもらえば元に戻るんじゃないの?」 「戻るどころか巨大化したりしないか」 ケージを開けて出てきた猫には、確かに見覚えがあった。ミミだった。俺は長門に目配せをした。 「これ、あの仔猫だよな」 消えてしまうというので、名前は口に出さなかった。 「……DNAは同じ。でも、量子状態が異なる」 「というと?」 長門は仔猫に向かって名前を呼んだ。 「ミミ」 仔猫の姿は消えなかった。 「……この子はふつうの猫。もしくは、量子的変異を起こす前の猫」 「ということは、ハルヒの実験であんな姿になっちまったのか」 「……その可能性が高い」 これはやめさせるべきだ。いくら科学の進歩のためとはいえ、そんな残酷なまねができるか。俺がハルヒにやめろと言おうとすると、長門が袖を引いた。 「……実験を阻止すると、この子の因果律に関わる」 「因果律?」 「この子の未来は、すでにわたしの過去に存在する」 「だとしても、宇宙をふらふらとさまよう姿になっちまうのはかわいそうじゃないか」 「……わたしたちが、面倒を見る」 まあ長門がそう言うなら、命に別状がなければいいか。って今、わたしたちって言ったか。 「わたしたちって、長門と俺?」 「……」 長門は答えなかった。うっかり口がすべったとでもいうような表情をした。ともあれ、物質電送器みたいに細胞が分解したりバケモンになったりするのでなければいいが。 「やってもいいがハルヒ、ひとつだけ条件がある」 「なによ、言ってみなさい」 「時間移動中の心拍と脳波の状態をきちんと記録してくれ」 「なるほどね。あんたもたまにはいいこと言うわね」 たまには余計だ。 ハルヒの命令で獣医が呼ばれた。古泉が連れてきたという獣医のタマゴなんだが、どう見ても機関の人だ。ミミは包帯のようなもので胴体をぐるぐる巻きにされ、そこからコードが出ていた。かわいそうに。俺は自分で提案していて後悔した。しかし異常があったら向こうで治療してくれるだろう。そのための医療用モニタだ。 「そういえばこの子、名前付けてなかったわね」 「……ミミ」 「有希がつけたの?じゃ、ミミ、未来のあたしによろしく」 ミミはケージに入れられたまま、タイムカプセルに押し込まれた。フタが閉められるまでミャーミャー鳴いていた。ハルヒがかしわ手を打ってから数分間は鳴き声が聞こえていたが、突然静かになった。 「おい、そこのマイナスドライバーよこせ!」 俺はまだ乾いていないパテの隙間にドライバを押し込んで、大理石のフタをこじ開けた。 そこには何もなかった。 数分して、メモリカードが返ってきた。 『あんた、いったい何を送ろうとしたの?これくらいの医療機器ならこっちの時代にもあるわ。もっと性能がよくて小型だけど。いちおう残っていた心拍数と脳波のデータをメモリに入れとくわ。次はもっとましなものをよこしなさいよね』 映像のハルヒはコードがぶらんと垂れ下がった医療モニタを持っていた。ケージもそのままだ。 「ミミが消えちまってるぞ」 ハルヒは唖然としていた。 「もしかして、抜け出たんじゃないの」 ケージに入れられるところは全員が見ていたし、それがあり得ないことは分かっている。 「どうしよう……」 ハルヒは真っ青になった。安易に動物なんか使うからだ。 「時間移動中に横穴とか脇道があるんじゃないか」 長門に尋ねてみたが、考え込んでいた。 「……説明がつかない」 長門はメモリ上のファイルを開いて心拍数と脳波の数値を見ていた。 「……大理石のフタを閉じた時間、手を打った時間までは一致している。さらに十三秒後、測定値にエラーを記録。それ以降、データ不詳」 「どこに消えたんだろう」 俺と長門は目を見合わせた。俺はミミが消えたときのことをふと思い出して、試しに姿をイメージしてみた。足元に、やわらかい毛玉がミャーと鳴いて現れた。 「あらっ、ここにいたわ。今、ここに現れた、キョンの足元に」 ハルヒがミミを抱きかかえて頬ずりした。どこも異常はなさそうだ。 「猫ちゃん、ごめんね」 「無事帰ってきてよかったな」 そのとき、返事がもう一通届いた。メモリは手元にあるはずなんだが。封筒を開けると、新品のメモリカードが入っていた。だが容量が俺たちのより千倍以上ある。技術的には向こうのほうが上なんだから、こっちのレベルに合わせてくれないと困るんだがな。 「長門、これ容量が俺たちのよりでかいんだが、読み出せそうか?」 「……やってみる」 長門の超高速タイピングで、いくつかプログラムをいじった後、映像が再生された。 『ごめんごめん、猫ちゃん、後から届いたわよ。いきなり現れたから驚いたわ。今までどこにいたのかしら』 映像の中で、ハルヒの隣で長門がミミを抱えていた。それは届いたんじゃなくて、たぶんそっちにいる長門に会いに行ったんだろう。こっちのハルヒが、自分が抱えた仔猫と、画面に映った仔猫を見比べて、唖然としていた。 「これ、どういうこと?」 「俺には分からん」 「……」 長門はどう説明したものが迷っているようだった。考え込んでいると古泉が分かりやすい答えを披露した。 「未来と過去のエネルギーの総量を保つためにそうなったのでしょう」 つまり、この宇宙にある物質とエネルギーの全体量は決まっている。時間移動したときに勝手に減ったり増えたりするのはおかしい、と。現在でマイナスになった分を埋め合わせるために過去と未来で二匹の猫が生まれた、というのだが、どうやればそういう答えにたどり着くのか俺には分からない。 「なんだ、そういうことなの」 今の説明でほんとに分かったのか、ハルヒ。もし未来に一匹、過去に一匹が行ったんだとしたら、過去と現在の総和は二匹になるんじゃ……いや、やめよう。頭痛くなってきた。俺には長門の言う、曖昧な存在の猫ってのがいちばんしっくりくる。 「これが解決するまで動物実験は中止するわ。それからこの実験結果は社外秘よ、いいわね?」 異議ナシで全員賛成した。こんなことが動物愛護協会にでも知られたらえらいことだ。 ミミは長門が預かることになった。ハルヒのアパートはペット禁止らしい。まあ長門マンションも禁止なんだが。 ハルヒが帰った後、長門と朝比奈さんに尋ねた。 「ひとつ疑問があるんだが、未来のハルヒはなぜ猫が送られてくることを知らなかったんだろう?そのときの記憶がないんだろうか」 「これは別の時間軸が交差しているんじゃないかしら」 「……わたしたちのいる現時点が、別の分岐を生み出している」 「ということは、僕たちが新しい未来を作っているのでしょうか」古泉が口を挟んだ。 「……そう」 「それって、既定事項を真っ向から書き換えてるってことか?」 長門は非常に難しい質問をされたように顔を曇らせた。 「……おそらく、そう。すでにはじまっている」 「わたしが危惧していたのはこれだったの。未来の涼宮さんが知らない歴史が始まっているわ」 「どういうことでしょうか」 「今の涼宮さんが未来の情報を得て、新しい歴史の流れを作ってしまうということなの」 これがどういう状況なのか、俺にはまだピンと来ていなかった。 6章へ
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キョン「ただいま」 西暦20XX年、俺は高校を卒業してそこそこのレベルの大学に受かり、卒業してから就職、現在は毎日定時に会社に行って働く毎日だ。 まあ普通社会人ってのはすべからくそうしてこの日本経済の歯車的活動の一環を担って生きていくものだが、ここにその例から外れた存在がいた。 ハルヒ「おかえり、今日の晩御飯なに?」 普通、家にずっといて、しかも働いて帰ってきた奴に対して言う台詞じゃあない。「おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする?」というのが相場だろう。 だがこいつがいまだかつて俺の帰宅を暖かい風呂や飯をこしらえて待っていたことなど一度としてない。 ハルヒ「あ、レベル上がった!」 おそらく今日もまた一日中ずっと座りっぱなしだったと思われるパソコンデスクに腰を下ろしたままハルヒが言った。 画面に映し出されているのはオンラインのRPGゲーム、ここ数ヶ月もっぱらハルヒのライフワークは電脳世界と行ったり来たり、もとい行きっ放しの状態だ。 キョン「せめて部屋くらい片付けておいてくれよ。こちとら働いて帰ってくたくたなんだ……」 ハルヒ「なによ偉そうに、別にいいじゃない。それよりお腹すいたから早くご飯作ってよ」 人様の家に上がりこんで飯まで食わせてもらってる身分でここまでぞんざいな態度が取れるのはある意味才能だと俺は思った。 ハルヒが俺と同棲(?)するようになったのは、もう半年ほど前のことだった。 きっかけは、町で偶然にハルヒを見かけたことだったが………… ~回想シーン~ ハルヒは高校卒業後、俺より遥かにランクの高い一流大学に合格したと聞いていた。 だから、俺が社会人になったある日、街角で着古したぼろぼろの服で歩いていたハルヒを見たとき俺は愕然とした。 まさかと思って声を掛けたらやっぱりハルヒだった。そして聞くところによると、ハルヒは大学を中退して家を追い出されたということだった。 キョン「そりゃまたどうして……? お前はあんなに優秀だったじゃないか」 ハルヒ「ふんだ。心の病ってもんがあるのよ、あたしもう何もやる気がしないの」 話し方や雰囲気だけは昔のハルヒのままだった。それだけで俺はほっとした。 俺たちは話をするためにハンバーガー屋に入って席に着いていた。ハルヒは当然金なんて持ってないから俺のおごりだ。まあ持ってたとしてもハルヒは俺におごらせるだろうが。 そして話は聞けば聞くほどに深刻なものだった。 ハルヒはもうずっと前から全てに対してやる気を失った状態でいるらしく、大学は早々と中退、それからも家で親に身の回りの世話を一切まかせっきりにしたまま自分は部屋に閉じこもってパソコンをいじっていたらしい。 いわゆるニートとかひきこもりと呼ばれる人々と同じ症状だった。そして、ある日ついに我慢が限界に到達した両親がハルヒに出て行けと怒鳴ったらしい。 キョン「それで着の身着のまま家を出て来たのか」 ハルヒ「そうよ。せめて着替えくらい持って出るべきだったと後悔してるわ」 ハルヒ自身、自分が家族に負担をかけていることを重々承知していた。だから、両親としてみれば、ハルヒに頑張ってほしくてつい口から出た「出て行け」の言葉がハルヒにとっては耐えられないものだったのだ。 ハルヒ「ていっても、家を出たのはついおとといのことだけどね。まさかキョンに見つかるなんて奇妙な偶然ね」 偶然。おそらくそうじゃないだろう。 俺は普段この町に来ることはない、しかし今日なぜか上司からいきなり出張の仕事を申し付けられ、高校時代まで慣れ親しんだこの町に一日だけ戻ってくることになったのだ。 それはひょっとしてハルヒがそう望んだからじゃないのか? ハルヒは家を追い出されて、寂しく一人で外を歩きながら、俺に会いたいと願ってくれたんじゃないか? ハルヒは俺に無言のSOSを送っていたんだ。そうだとしたら、俺にはハルヒを放っておくことなどできるはずがない。俺がハルヒを助けてやらないといけない。そう思った。 キョン「ハルヒ。お前、俺と一緒に暮らす気はないか?」 ハルヒ「へっ!? な、なに言ってんのよ急に!」 キョン「行くあても無いんだろう、だったらいいじゃないか。俺は今アパートに一人暮らしだが、ちょうど家が広すぎると思ってたんだ。だからハルヒ、俺と一緒に……」 ハルヒ「ま、待ちなさいよ! あんた何考えてるの!? 今日会ったばかりでいきなり同棲しようなんて! 猿でももうちょっと貞淑なアプローチするわよ!」 キョン「下心なんて無い、本当だ、誓ってもいい」 ハルヒ「なんなのよ一体……? でも確かに野宿はもうごめんだし、お風呂に入ったりちゃんとした食事も採りたいと思ってたところだから丁度いいわ。でも、あんたは本当にいいの? あたしきっと迷惑かけるだけよ、何も役に立つことなんて出来ない」 キョン「ハルヒ、お前は役に立たない存在なんかじゃない、俺が保障する。きっと今は調子が悪いだけだ。高校時代までが出来すぎてたんだ、そのつけを払うと思えばいい。そして元気になったら、いつでも出て行ってくれて構わない、だから……」 ハルヒはその時、ただ笑って「わかったわ。だったらお邪魔させてもらうけど、あたしが世話になるからって威張ったり偉そうにしたら駄目よ! あんたがどうしてもっていうから、仕方なくあんたの世話になるだけなんだからね!」と言っていた。 ~回想シーン終わり~ そしてそれから数ヶ月が経過して今日に至る。 ハルヒの「病気」は一向に良くなる兆しは無い。結局今日もまたずっと家でパソコンをいじってただけで、部屋の片付けすらしようとしないし、服も着替えていない。 キョン「晩飯出来たぞ」 ハルヒ「ああ、ちょっとまって、今きりが悪いわ。セーブするまであと10分くらいだから」 はあ、俺はおもわずため息をついて額に手をやった。このポーズをするのも高校を卒業してから久しぶりだったが、ハルヒが家に住むようになってからはしょっちゅうだった。そして、これまたあの頃よく言っていた台詞が俺の口から出て来た。 キョン「やれやれだ……」 同棲相手が出来たというより、でっかい子供が出来たといった感じだ。 ハルヒニート 第一話 完
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━━━季節が移り変わるのは早いもので、気が付けばカレンダーが最後の一枚になっていた。 俺の波乱万丈な2006年も、あと少しで終ろうとしている。 思えば、今年はいろんな事がありすぎた。 本当に色々と・・・ まあ、ハルヒと付き合う様になってからは、比較的に穏やかな日々が続いている気がするが。 そして、俺は今朝も早朝サイクリングの如くハルヒを迎えに自転車を走らせているのだ━━━━ 【凉宮ハルヒの指輪@コーヒーふたつ】 いつもの待ち合わせ場所に着くと、俺より少しだけ遅れてハルヒはやって来た。 しかし・・・何故か、私服だ・・・。 「おはよう・・・。」 -おはよう・・・どうした? 「うん・・・アタシ・・・今日は休むわ。」 -えっ? 「迎えに来てくれて悪いんだけどさ?ちょっとね・・・」 -あ・・・ああ、別に気にするな。それより大丈夫か? 「・・・。」 -ハルヒ? 「後で、メールするから。」 そう告げるとハルヒは背中を向け、自宅へと戻って行った。 俺は驚きのあまり詳しく話も訊けずに、しばらく唖然としてしまった・・・。 だって、そうだろ? 何が何でも、学校だけは休まなかったハルヒが・・・だぜ? 何かあったんだろうか。 心配ながらも、とりあえず俺は学校へと急ぐ。 考えてみれば、一人で学校へ行くのは久しぶりだ。 たまにはこういう感じも気楽でいい。 ただ、少しだけペダルが軽すぎる気もするが・・・。 学校へ着いて、下駄箱に向かうと谷口と国木田が居るのが見えた。 向こうも此方に気が付いたらしく、「アレ?」という顔をしている。 やはりハルヒが学校を休むって事は、第三者のコイツらにとっても意外な事なんだろうな。 とりあえず、挨拶を交しに俺は彼等に近付いた。 -よう! 「あれ?今日はキョン一人か?さては・・・遂に破局かっ?」 「珍しいね?凉宮さん、風邪かな?」 谷口に「アホ」の二文字が付いて国木田に付かない理由は、おそらくこの発想に関する格差に因るところだろうな。 アホな谷口はスルーして、話を続ける。 -ああ。俺もよく判らないんだが、具合が悪いらしい。 (本当によく判らないんだよな。 特に調子が悪そうにも見えなかったし。) 俺はハルヒが休んだ理由を少しだけ考えながら、二人と共に教室へと向かった。 普段通りに席に着き、授業の準備をする。 そして授業が始まり、退屈な時間が過ぎていく。 ふと振り返ると、誰も居ない後ろの席が俺の視界に触れた。 (放課後にでも、会いに行くかな・・・) そんな事をボンヤリと思いながら、俺はゆっくりと流れる退屈に身をまかせた。 放課後、俺はとりあえず部室へ向かい、ハルヒが休んだ件と心配なので家に寄ってみる件をみんなに告げると、そのまま帰り支度をして自転車に飛び乗った。 少し急ぎながら、いつもの坂道を登っていくと、ポケットの中で携帯が一度だけ震えた。 (たぶん、ハルヒからだ。) 慌てて自転車を停め携帯を開くと、案の定ハルヒからのメールだった。 『今から来れる?』 (いつもなら『今から来て』とかなのに。何だか、ハルヒらしくないな・・・) 俺は、その短いメールから今朝のハルヒの様子を思いだして、少し心配になる。 そして、手短に【もう向かってる】と送り返すと、再び自転車に飛び乗って先を急いだ。 いつもの公園に近付くと、ハルヒが時計台の下に立っているのが見えた。 少し元気が無さそうだ。 俺は自転車を停めて、ハルヒに駆け寄る。 -待たせてすまないな? 「あ、ううん・・・大丈夫。」 -そう・・・か。 会話が続かない理由は、ハルヒの様子が普通じゃない事に他ならない。 あれほど訊きたかった休んだ理由さえも訊けずに、俺はただハルヒの前に立ち尽くす。 そしてしばらく沈黙が続いた後、ハルヒが呟く様に喋り出した。 「あのね、キョン・・・」 -ん?何だ? 「驚かないで聞いてくれる?」 -あ、ああ。 「・・・アタシ・・・妊娠した・・・。」 まさか! 頭の中が、真っ白になった。 何て答えたらいいのか・・・わからない。 ハルヒは、おそらく愕然としているであろう俺に続ける。 「しばらく、生理が無かったのよ。でも、元々アタシは規則正しく来る方じゃ無かったから、特になにも気にしなかった。 でもね、何日か前から嫌な予感がして・・・今朝、コレを使ったの。」 そう言いながら、ハルヒは白い小さな棒状の物を俺に見せた。 -なんだ?それ・・・ 「妊娠検査薬。・・・ここの小さい穴にね?・・その・・・オシッコをかけるのよ。それで青い線がでると妊娠してる事になる・・・。」 ハルヒが指差した穴の部分には、まぎれもなく青い線が出ていた。 俺は、返す言葉も無く黙りこむ。 ありったけの思考を巡らすが、この現実を受けとめるので限界だ。 それに・・・考えても仕方がなかった。こんな重大な事を聞かされて、簡単に語るべき言葉が浮かぶ筈がない。 今はただ、俺の心の中の妙な反射神経が「冷静になれ、冷静になれ」と呪文の様に俺の頭の中で煩いだけだ。 -わかった!大丈夫だから・・・とにかく、また明日来るから・・・体、大事にしててな? 俺は、今言える精一杯の言葉をハルヒに告げると、その場から立ち去った。 (何やってんだよ、俺っ!まるで逃げ出すみたいじゃないか!) 情けない自分を壊してしまいたい衝動に駆られて、俺は馬鹿みたいに全力で自転車をこいだ。 さっきのハルヒの表情が、頭の中にコビリついて離れない。 (俺は、どうすればいい・・・) 気が付くと、俺は家に着いていた。 全力で自転車をこいで、少しだけ疲れたせいだろうか。 さっきより、自分が平常心を取り戻している事に気が付く。 (真剣に・・・考えなきゃな・・・) とりあえず部屋に戻り、椅子に座る。 そして、今するべき事を必死に頭の中に思い浮かべて掻き集める。 俺の親とハルヒの親に報告・・・というよりは謝る事になるか。あとは出産費用の準備・・・そして学校は・・・当然辞める事になる・・・だろうな。 中絶?まさか・・・それだけは絶対に避けたい。 俺はもの心ついた時には、産まれたばかりの妹の世話を手伝っていた。 その為だろうか、中絶という行為は絶対に許せない。 こう言うと語弊があるかもしれないが、俺にとって中絶とは「赤ん坊を殺してしまう」事と同義なのだ。 だから、このような結果になってしまった以上は、ハルヒには産んでもらいたいと思う。 ただ、それには問題が多すぎて・・・かといって、しかも考えがまとまらないうちは、誰かに相談する事も出来ない。 そして一番の問題は、まだ俺は年齢的にハルヒと一緒になれないということだ。 考えれば考える程、深みにはまっていく。 そして、どうする事も出来ないまま俺は目を閉じた。 気が付くと、窓の外はすっかり暗くなっていた。 どうやら、椅子に座ったまま眠ってしまったらしい。 明かりも灯さないまま、俺は再び考え始める。 そして、いちばん肝心な部分を忘れている事に気が付いた。 (ハルヒは、どうしたいんだろうか。) 確かめなくてはいけない・・・そう思って、机の上の携帯に手を伸ばす。 そして、ハルヒの番号を呼び出しかけて・・・やっぱりやめた。 自分の考えもまとまっていないのに、ハルヒに「お前は、どうしたい?」なんて聞ける筈も無かったから。 そして、逆に俺はどうしたいのか考えてみる事にする。 ハルヒには産んでほしい・・・その為には俺は・・・どんな努力や苦労も惜しまない・・・そして・・・ ハルヒと一緒にいたい! 一日やそこら悩んだところで、出せる答えはこの程度だろう。 しかし俺は、明日ハルヒに会って直接伝えようと思う。 ハルヒがもし、違う答えを出していたら・・・その時は仕方が無いのだが、今は考えずに行こうと思う。 とにかく、明日・・・ 結局、俺は眠れずに夜を明かした。 窓から差しこむ朝の日射しが、今日の晴天を告げている。 寝不足にも関わらず、自然と体は軽い。 とにかくハルヒに会いに行くんだ。 そして、伝えよう。 俺は、ハルヒが起きる時間を狙って電話をかけた。 -もしもし・・・? 「・・・キョン?」 -ああ。今日・・・学校はどうする? 「・・・今日も休む。」 -そうか。俺も休むよ。 「・・・なんで?」 -話があるんだ。 「昨日の・・・事だよね?」 -あたりまえだろ? 「うん・・・解った。」 十一時に行く・・・俺はハルヒそう告げると電話を切った。 そして慌てて着替え、玄関から飛び出して自転車に飛び乗ると、学校とは反対の方向へ向かって走りだした。 しばらく走ったこの先に、十時から開店するショッピングモールがある。 俺は少し時間を潰して開店を待ち、開店と同時に急ぎ足で店内へと進んだ。 そして、アクセサリー売り場の前で立ち止まり財布の中を確かめる。 (5千円と、ちょっとか・・・) とにかく、買える範囲の指輪を選ぶ事にする。 当然、ハルヒへ贈る為の物だ。 なんとなく気休地味た事かもしれないけど、俺が出した答えを伝えるには指輪が絶対に必要・・・なのだ。 ショッピングモールを出ると、慌てて買い物を済ませた筈なのに時間は十時半近くになっていた。 とにかく急ごう・・・ハルヒの待つ、あの公園へ。 いつもの公園に近付くと、ハルヒが待っているのが見えた。 なんとなく、昨日より元気そうで少し安心する。 -ごめん!待ったか? 俺は自転車を停めながらハルヒに声をかけた。 少しビクッとして、ハルヒが此方に目を向ける。 構わずに急いでハルヒに駆け寄ると余程驚いたのかだろうか、ハルヒは目を丸くしていた。 -どうした? 「う・・・うん、びっくりした。いつものキョンじゃないみたい・・・。」 (最近のお前だって、そうだったさ・・・) -いや、すまない。あのなハルヒ・・・俺、頑張るから・・・産んでくれないか? 「・・・!・・・な、なによ!突然・・・」 -本気なんだ! 「・・・ワケわかんない・・・。何て事言うのよ!アタシは、何とかするから心配しないでって言うつもりで来たのよ!? 変な事言って混乱させないでよっ、バカキョン!」 -何とかしなくていい。いや、むしろしないでほしい。 「か、簡単に考えるんじゃないわよ!アタシ達、まだ高校生なのよ?学校とかどうするのよ!」 -辞める事になる・・・だろうな。でも俺はハルヒが側に居ればそれでいい。 「・・・SOS団のみんなは?親には?何て言えばいいのよ・・・。」 -俺から話をする。 「・・・結婚だって・・・。」 -少し待てば出来るさ。 ハルヒは黙りこむと目を閉じて深く息を吸った。 そして目をあけ、少しだけ俺に近付くと静かに呟いた。 「キョンは・・・それでいいの?」 俺は何も言わずに、ハルヒの左手をそっととり、さっき買ったばかりの指輪を薬指に通した。 ハルヒが驚いて俺を見上げる。 -もし、ハルヒがそれを望まないなら・・・今すぐ外して捨ててくれ。 俺が言葉を終えないうちに、俺を見上げたハルヒの瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。 そして俺を見上げたまま左手をそっと胸に当て、右手で左手の薬指を確かめる様に触れる。 「・・・バカよ。本当に・・・。」 俺もハルヒを見つめたまま、しばらく動かずにいた。 そして、ただ静かに言い様のない力が胸の奥から沸き上がって来るのを感じていた。 数時間後・・・俺達は電車の中に居た。 とりあえずハルヒを、隣町の産婦人科へ連れていく為だ。 一度は行かなければならないと思ったし、なによりも俺達は妊娠や出産に関して解らない事だらけだったから・・・。 目的の駅で電車を降りると、ホームから見える線路際の看板にこれから行く産婦人科の広告が出ていた。 (北口から100メートル進んだ左側か・・・) 俺はハルヒの手をとると、ゆっくりと歩き出した。 駅から少しも歩かないうちに、産婦人科へは辿り着いてしまった。 入り口に立つと、電車を降りてから無言のままだったハルヒが、俺の手をギュッと握り締める。 俺は「大丈夫だ」と声をかけ、入り口のドアを開けた。 病院の中には妊婦さんらしき人が一人、待合室の椅子に座っているだけだった。 空いている事に安心しながら、とりあえず受付を済ませる事にする。 ハルヒが受付に保険証を差し出すと、受付の女の人が「おや?」という顔をした。 俺は、すかさず「初診です、お願いします。」と告げ、ハルヒの手を引いてその場を離れた。 そして、待つこと数分・・・「凉宮さーん、凉宮ハルヒさーん!1番にお入りくださーい!」と呼び出しのアナウンスが流れた。 繋いだままのハルヒの手から、彼女の不安と緊張が伝わって来る。 -待ってるから・・・な? 「うん・・・行ってくる・・・。」 ハルヒはゆっくりと立ち上がると、「1」と書いてあるドアの向こうへと消えた。 「付き添いの方ですね?凉宮さんの・・・」 不意に声をかけられて顔をあげると、俺の前に看護婦さんが立っていた。 -はい、そうですが? 「1番に、お入りください。」 -俺が・・・ですか? 「はい。」 俺は訳の解らないまま、ハルヒが診察を受けている部屋へと呼ばれた。 ドアを開けると、ハルヒと向かい合って座っている先生が、俺に「彼氏さんね?」と声をかける。 若い女の先生だ・・・。 先生は少し笑いながら続けた。 「・・・短刀直入に言うわね?凉宮さんは・・・只の生理不順よ。」 -えっ? (な・・・なんでだ?そんな筈は無い・・・) 「つまり、妊娠はしていません!って事。」 -そ、そんな・・・。 ハルヒは黙ってうつむいている。 俺は、驚きを隠せずに立ち尽した。 「あら、もう少しホッとした顔をするかと思ったのに!フフッ」 -い、いや・・・でも先生!検査薬で・・・ 「確かに、アレは便利なモノなんだけどね?必ずしも正確とは限らないのよ。」 -そう・・・なんですか・・・。 「そう。でも、ホントに意外だったわ?」 -何が、です? 「いや・・・私ね?アナタがもし、少しでもホッとした顔をしようものなら怒鳴り飛ばしてやろうと思ってたのよ。 こんな可愛い彼女を不安にさせて、アンタは何をやってるんだ!ってね? だから、アナタをここへ呼んだ。」 -は、はぁ・・・ 「でも、アナタの様子を見てたら・・・そんな気は失せたわ。 余程覚悟を決めてきたみたいだし・・・ね?」 -・・・はい。 「・・・うん、まあいいわ。その覚悟に免じて、ひとつだけ忠告してあげる。 私は・・・医者の私がこんな事を言うのはどうかと思うんだけど、たとえ高校生同士であっても、愛し合ってSEXをしてしまう事はは仕方が無い事だと思ってる。」 -・・・。 「でもね?それによって、お互いが傷ついたり悩んだり・・・困ったりする様な事になるのは絶対にダメ。 だから、お互いが・・・いや、まず第一に彼氏であるアナタが、責任を持って行動しなければならない。解るわね?」 -・・・はい! 「よし!二人とも帰ってよろしい!・・・ふふっ、今日の所はお代はいらないわ。」 俺達は・・・呆然としたまま、病院を後にした。 力が抜けた・・・というか・・・何も考えられない。 ボンヤリと駅まで歩き、切符を買ってホームに向かう。 ただ、なんとなく歩いて・・・俺達は、気が付くとホームの端に居た。 -なあ、ハルヒ・・・ 「・・・なによ?」 -何か・・・飲むか? 「・・・うん。」 俺は、少し離れた所にある販売機でコーヒーとカフェオレを買い、カフェオレをハルヒに手渡した。 「・・・ふふっ」 カフェオレを受け取ったハルヒが、不意に笑い出す。 -どうした? 「ううん・・・なんか、カフェオレを買って来てくれたキョンが、いつも通りのキョンに戻った気がして・・・ さっき、アタシに指輪をくれた時のキョンとのギャップがおかしくて・・・ごめんね?」 -な、なんだよ!それ・・・ 「ごめん!それと・・・今回の事も・・・ごめんね。」 -別に・・・ハルヒが謝る事じゃないさ。 「アタシ・・・キョンの事・・・いっぱい悩ませて、しなくてもいい決心させて・・・」 そう言いながら、ハルヒは左手の薬指から指輪を抜き取って俺に差し出した。 「そして、必要無い買い物までさせちゃったわね・・・」 -ハルヒ・・・。 「ふふっ、かなり嬉しかったけどねっ!まあ、この指輪の分は後で何か奢るからさっ?」 俺は指輪を受けとると、ポケットにしまった。そして少しだけ考える。 (これで・・・良かったのか?) 「ちょっと、キョン?何黙ってんの?」 -ん?ああ・・・なあ、ハルヒ・・・ 「・・・?」 -もしも・・・もしも、だぞ?俺達の気持ちが、この先も・・・ずっと変わらずにいられたら・・・その時は・・・ 肝心な言葉を言いかけた時、俺達しか居ないホームを回送列車が騒がしく走り過ぎた。 そして、それまで線路の向こうから照らしていた西日を遮り、俺達を・・・驚いたハルヒの表情をフラッシュバックさせる。 思いがけずに激しく交錯する光の中、俺は躊躇わずにハルヒの左手をとり、薬指に再び指輪を通した。 「・・・キョン?」 気が付くと、ホームは静けさを取り戻していた。 俺は何と無く恥ずかしくなってハルヒから目をそらし、線路が続く彼方を見つめた。 そんな俺には構わず、ハルヒはいつもの調子で喋り出す。 「まったくキョンは・・・普段はトロい癖に、妙に気が早い時があって困るのよねっ!」 -う、うるさい!要らなければ返せっ! 「い・や・だ・っ!返さないっ!死んでも返さないっ!・・・うふふっ、ねえ?キョン・・・」 -な、なんだよ? 「えっと・・・一度しか言わないから、良く聞きなさいよっ?」 ハルヒはそう言うと、俺の肩を掴んで自分の方へ向かせ、グッと詰め寄って俺を見上げた。 「アタシを・・・キョンのお嫁さんにしてください。」 おしまい
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涼宮ハルヒの聖書 貴方が戦い続けるなら、 私がこの身一つで貴方の道を切り開きましょう。 貴方の心に全てを喰らう闇がいるのなら、 わたしが貴方の闇を照らしましょう。貴方の心を癒しましょう。 どんな障害も、どんな悪意も、どんな暗闇も、 僕が全て消し去りましょう。貴方の敵を消しましょう。 たとえこの身が滅びようとも… たとえ全てを失おうとも… たとえ闇に呑まれようとも… 貴方のために、貴方と共に戦いましょう。 この命尽きるその時まで。 だから神様、私達に力を下さい… ・涼宮ハルヒの方舟
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オレが現実に戻ってから3ヶ月あまりが過ぎた。未だクラスにはなじめなかったが、 とくにいじめに遭うこともなく、それなりに平和な毎日が続いた。 しかし、季節が春の訪れを感じさせるようになると オレは今までにない寂しさを感じるようになっていた。 キョン「あと少しでこのクラスともお別れか・・・結局あれからハルヒとは しゃべらずじまいだったな。クラスが変われば、二度と話す機会もないんだろうな」 現実では、ハルヒはクラスの人気者だった。 頭がいい上にスポーツ万能、さらにとびきりの美人とくれば、 魅力を感じないほうがどうかしている。 SOS団という幻想が消え去った今、オレはハルヒを遠くから眺めているだけになった。 どうやら話を聞くところによると、オレは病んでた間ハルヒに対して、度を越した つきまとい方をしていたらしい。 文芸部部室に押しかけたり、休日には彼女の後をつけまわしたり、帰りに待ち伏せしたりと、 オレは穴があったら掘り進んでマントルに焼き殺されたいくらいの心境だった。 クラスでオレと話してくれるのは委員長の朝倉と、谷口国木田コンビしかいない。 よくよく思い出せば、谷口は積極的にオレの陰口を叩いていたような気がするんだが、 オレが病んでいたと知ってからはやけに親切にしてくれる。 実はいいヤツだったんだな、谷口。ハルヒだったらSOS団の副副副団長ぐらいには してくれるかもしれんな。 …また思い出しちまったよ。オレが今まで生きてきた中で一番楽しい思い出… いや、たぶんこれからも含めて一番楽しい思い出になるんだろう。 不意に涙が流れた。オレはまだあの幻想に未練たっぷりらしいな。 SOS団のことを考えると、いまだに心が痛む。呼吸が浅くなり、目頭が熱くなってくる。 まるでナイフで切り裂かれているようだ。また頭がおかしくなっちまいそうだ。 …もう母さんに心配をかけるわけにはいかない。これからはできるだけ地味に生きていくんだ。 下らないことは考えずに、頑張って勉強して、いい大学を目指そう。 そもそも事の発端は、オレが不相応にハルヒを好きになってしまったのがいけないんだ。 クラス替えになればハルヒを見る機会も減るだろう。それまでの辛抱だ。 ある昼休み、谷口が深刻そうな面持ちでオレのところまで来た。 谷口「おいキョン。学期末試験のヤマ張ってくれよ。オレが無事進級できるようにさ」 キョン「ヤマ張るのはいいが自己責任だぞ。留年してもうらむなよ」 谷口「アホか、最後まで責任を持って面倒みてもらうぞ」 キョン「ならお断りだ」 現実に戻ってからの数ヶ月間、オレはわき目もふらずに勉強した。あの幻想を振り払うためなら なんでもよかった。たまたまその対象が学業になったというだけのことだ。 おかげで2学期末の試験では、学年上位20位以内にランクインという成果を挙げた。 そういや谷口は、試験前に限って妙に親切になる。もしかしたらオレはヤツの 試験対策要員にすぎないのかもしれんな。まあ、ヤツのアホっぷりを眺めていると 多少なりとも気を紛らわせることができるのでおあいこということにしよう。 時は飛んで学期末試験の最終日、今日ほど試験の終わりを気持ちよく迎えた日は今までなかっただろう。 オレは久しぶりに晴やかな気分を味わっていた。やはり勉強ってヤツは、日頃の積み重ねがモノをいう世界だな。 暗い顔の谷口を横目に、オレはとっとと帰ることにした。学校に残ってたって特にやることもない。 試験休みと終業式がすぎれば、あとは春休みである。特に予定もないオレは、今から 休み中の暇つぶしに頭を抱える次第であった。 (バイトでもやってみようかな) 下足室までくると、不意に声をかけられた。 長門「キョン…君」 キョン「!!長門さん…」 声をかけてきたのは、中学の頃からの同級生、そしてオレの妄想の被害者、長門有希であった。 言っておくが彼女は宇宙人ではなく、れっきとした人間である。特に不思議な力が使えることもない、 ただの文学少女である。オレのつきまといを受けて、おとなしい性格の彼女は相当な迷惑を被ったことだろう。 キョン「長門さん…ごめん、オレ…」 声にならない。いまさら謝ったところでどうなるというんだ。 長門「いい…あのときのことは。病気、だったんでしょ」 キョン「ごめん…」 ただ謝り続けるオレに長門は困ったような顔を見せていた。 長門「もういいの。それより、ちょっと時間ある?」 キョン「!!」 キョン(どういうことだ。長門がオレに用事なんて…まさか、あのときの仕返しに オレを嵌めようとでもしてるのか?) 長門「…無理かな?」 キョン「いや、問題ない。今からでいいのか?」 長門「‥うん」 キョン(考えても仕方がない。もし嵌められたとしてもそれはオレのせいなんだ。 いさぎよく覚悟を決めるか) 長門は歩き出し、オレはその後についていった。 長門がたどり着いた先は旧館にある文芸部の部室だった。そしてSOS団の・・・ キョン(ここまで来たらイヤでも思い出しちまうな) 長門「…入って」 オレの内心の葛藤をヨソに、長門は部室に入るよう促した。 ここまでくれば仕方がない。意を決してオレはドアを開けた。 …久々に入る文芸部部室は、記憶よりもこざっぱりとした部屋だった。むしろ殺風景といってもいい。 オレの妄想の中での文芸部部室は、ハルヒが持ち込んできたものでいっぱいだった。 団長机、コンピ研からガメてきたパソコン、冷蔵庫やストーブ、朝比奈さんのコスプレ一式、短冊を吊るした笹… いかん、また涙がにじんできた。ここが本来の文芸部部室なんだよ。 オレは自分に言い聞かせるように首を振った。 長門「座って」 長門に促されるままにオレは席についた。 キョン(ここでよく古泉とゲームをしたもんだ。横では朝比奈さんが編み物をしてたな。 ああ、もう一度あの人のお茶が飲みたい) 長門「ごめんね。こんなトコまで連れてきて」 キョン「いや、いいんだ。なんか話があるのか?」 長門「…うん。実は涼宮さんのことでね」 キョン(・・・・・) ハルヒの名前を聞いてオレは気が重くなった。通常比3倍ぐらい。ハルヒのことだって?なんでオレに話すんだ? 長門「今ね、あの子とても困ってることがあるの」 長門の話をまとめると、どうやらハルヒは古泉(DQN)にしつこくつきまとわれているらしい。 元ストーカーのオレとしては耳が痛い話だ。ストーカーの心はストーカーにしかわからんってことか? キョン「なんでオレなんだ?」 長門「え・・・?」 キョン「仮にもオレはちょっと前まで涼宮につきまとってたんだぜ。それに相談相手なら、他にもっといいやつが・・」 長門「ダメ」 キョン「?」 長門「・・・最近ね、古泉くんが、えーと、怖い人たちとつるみだしたらしいの。暴走族っていうのかな」 キョン「・・・」 長門「それで、学校じゃ誰も古泉君を止められる人がいなくなっちゃったみたいなの。 最近じゃ先生も見て見ぬフリをしてる」 キョン「・・・それで、なんでオレなんだよ。そんなにオレが強い男に見えるのか?」 長門「無茶なこと言ってるのはわかってる。でも、他に頼める人がいないの。・・・キョン君、これは罪ほろぼしよ」 キョン「!」 長門「正気じゃなかったとはいえ、あなたは涼宮さんに迷惑をかけてきたわ。だから、今度は あの子を助けてほしいのよ」 キョン(なんだなんだ!一体どういうことなんだ?少し落ち着け、オレ) 古泉につきまとわれてるハルヒを助けろってことは、つまり古泉をやっつけろってことか? アイツには正気に戻る前に一度ぶちのめされたんだっけ。あんときゃ体中が震えて 声すら出せない状態だったね。 妄想に出てきたヤサ男ならともかく、DQNバージョンの古泉はオレには少々荷が重い。 というか、あんときのヤツの剣幕を思い出しただけで寒気がする。 どう考えても話し合いが通じる相手じゃないぞ。 長門「・・・無理言ってごめん。やっぱり駄目だよね」 オレがしばらく沈黙していると、一瞬だけ長門の表情が変わったような気がした。 『大丈夫、・・信じて』 キョン(なんだ!今確かに聞こえたぞ!今のは・・長門?) ええい!オレも男だ!ここでやらなきゃ一生後悔するぞ!…まあ、前歯折られて後悔するかもしれんが。 それでもやらずに後悔するよりは数倍マシだ。 …それにハルヒには散々迷惑をかけてきたんだ。むしろこのチャンスをありがたく思うくらいだよ。 キョン「わかった。古泉にはオレがなんとか話つけてみる」 長門「ホント?ホントにお願いしていいの?」 キョン「できる限りのことをやってみるよ」 長門「キョン君・・ありがと・・」 長門の表情はとっくに元に戻っていた。あの瞬間、無表情の中に僅かな感情を残した、 なにかをオレに訴えかけるような顔・・・まだ妄想が治ってなかったのか? それとも・・・ 長門の話に圧倒されてすっかり忘れてたが、明日から試験休みが始まる。 その間、古泉がハルヒになにかしないとも限らない。 これは早急に動く必要があるだろう。 キョン「ところで長門…さん。今ハル、いや涼宮はどこにいるんだ?」 長門「長門でいいわ。今日は部室に集まる約束だったんだけど・・・ 教室にいなかったの?」 キョン「試験終わってすぐに出てきたからな」 長門「私、ちょっと見てくるね」 そういうと長門は部室から出ていった。 そういやオレ、中学のときはあの子に気があったっけ・・・ おとなしくて、かわいくて、今もあのころと全然変わってないな かくいうオレも中学のときはパッとしない存在であり、いじめられっこでもあった。 閉鎖空間・・・か。オレがあのころ唯一気を休めることのできた場所。 もう二度とあんな場所は作っちゃいけないんだ。 バタンッ! ドアが開く音でオレの思考は停止された。 入ってきたのは・・・ キョン「・・・ハルヒ」 ハルヒ「あんた、うちの部室でなにやってんのよ」 長門「私がキョンくんに頼んできてもらったのよ」 ハルヒ「有希はだまってて」 キョン「涼宮!・・・すまん、あやまって済む問題じゃないことはわかってる。けど」 ハルヒ「あのときのことはもういいわ。・・・アンタもいろいろ大変だったんでしょ」 キョン「涼宮・・・」 ハルヒ「私が言いたいのは、別にアンタの助けなんかいらないってこと。大きなおせっかいだわ」 長門「涼宮さん!」 長門「キョン君がせっかく力を貸してくれるって言ってるのに」 ハルヒ「いいのよ。・・・心配してくれてありがと。でもね、アイツのことぐらい 自分でなんとかするわ。・・・今日はもう帰るね」 キョン(やっぱりハルヒはまだオレのことを・・) 『気をつけて。彼女を一人にしてはダメ』 キョン(!!やっぱり間違いない。今のは、長門の声!) キョン(でもどうしてだ?あの長門は、オレの妄想だったはずじゃ・・・) オレが呆然と立ち尽くしていると、ハルヒはさっさと部室から出て行ってしまった。 長門「キョン君・・・」 キョン「いやな予感がするんだ。後を追いかけよう」 精神科の先生は、オレは現実逃避のために閉鎖空間を生み出したと説明していた。 もちろんそれは物理的な空間ではなく、オレの精神にのみ存在する世界だ。 なのになぜ今、あの、SOS団の長門有希の声が聞こえるんだ? オレはまたおかしくなってしまったのか・・・? 長門「なにしてるの。はやく!」 キョン「あ、ああ」 オレと長門は下足室で靴をはきかえ、先に出ていったハルヒを追いかけた。 ハルヒ「キャッ!なによあんたたち!!」 校門付近まで来たとき、突然ハルヒの叫び声が聞こえた。 正門前の道路では、ハルヒが黒スーツの男たちに取り押さえられていた。 キョン「やめろ!なにやってんだお前ら!!」 古泉「おっと、邪魔してもらっては困るよ」 オレがハルヒの下に駆け出そうとしたとき、オレの前に古泉が立ちふさがった。 キョン(こいつ!) 古泉「キミに邪魔をされたら計画が台無しだ。ここでおとなしくしてもらう」 キョン(こいつ、こんな性格だったか・・?) 現実の古泉は、気が短くてケンカっぱやくて、 地元では札つきのワルとして恐れられていたヤツだ。それがまるで、 オレの妄想の中の古泉みたいな物言いだった。 まずい!そうこうしている間にハルヒは今にもヤツらの車に連れ込まれそうになっている。 古泉「おやおや、威勢よく出てきたわりにはなんの役にも立たないんだね。 とんだナイト様だ。はははっ」 古泉「そうそう、実は一緒に長門さんも連れてくるように言われてるんだよ」 キョン「お前ら・・・!」 古泉「おっと、わけは聞かないでくれよ。なにしろ僕は 組織の末端構成員にすぎないんだからね」 キョン(まずい・・!このままだと長門まで連れていかれる!なにやってんだよオレは! ハルヒを助けて後悔を断ち切るんじゃなかったのか!?) オレは覚悟を決め、再び古泉に向かって駆け出した。 古泉「また体当たりかい?キミにはケンカのセンスがないようだね」 古泉はさっきと同じように体を捻ってかわした。 キョン(いまだ!) オレは手に握った砂を古泉の顔めがけて投げつけた。砂は古泉の顔に命中し、ヤツの視界を奪った。 古泉「うっ・・・前言を撤回するよ。まさかこんな手を使うなんてね・・・」 どうとでも言ってくれ。オレには手段にこだわっている余裕はないんだ。 ヤツがひるんだ隙に、今度こそ体当たりを命中させる。 古泉「ぐっ!」 思ったより派手に吹っ飛んだ古泉は門に叩きつけられ、ずるずると倒れた。 キョン(まさか死んじゃいないだろな・・・) どうやら古泉は気を失ったようだ。息はしているみたいだが、すぐには意識が戻りそうにない。 オレは大きく息を吐き、なんとか気を落ち着けようとした。 さっきから腑に落ちないことが多すぎて思考が停止しそうだ。 なんでハルヒは謎の組織に連れていかれたんだ?そもそも古泉の組織ってのはオレの妄想のはずだ。 現実の古泉に超能力なんてないし、穏やかな性格ではなかったはずだ。 ついでに言うと、校門付近で派手にケンカをやらかしていたのに先生が駆けつけてくる気配もない。 もしかして、また閉鎖空間にきちまったのか・・・? 長門「・・・涼宮さん、ううっ」 気がつくと長門がしゃがみこんで泣いていた。 キョン(そうだ。オレはハルヒを守れなかったんだ・・・) 4話
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では、行かせて頂きます。 今日はハルヒ視点で!なんとか15レス程に収まればいいんだけど・・・ ━━━━━突然だけど・・・とにかくアタシは授業が嫌いだ。 だから、なにかしら暇潰しのネタを見付けては、放課後まで一日をやりすごす。 前に座ってるキョンの背中をペンで突っついたり、背中にムフフな言葉を書いて困らせたり・・・も、いいんだけどね? あんまりヤリ過ぎると、本気で怒るのよ! だから何か他の事を・・・ そうね、最近は漫画にハマッてる。 なんてったって、読書の秋だし! 今日も五時間目から教科書でカモフラージュしながら「花男」を読みっぱなし! まさか、道明寺がニューヨークへ行っちゃうとは思わなかったわよ! つくしちゃんとの関係は、どうなるのかしら・・・ って、あれ? 気が付くと、授業はとっくに終わっていて、アタシ以外のクラスのみんなは居なくなっていた・・・。 不覚だわっ!早く部室に行かなくちゃ!━━━━━ 【凉宮ハルヒの奮闘@コーヒーふたつ】 アタシは急ぎ足で、午後になって少し冷え込んできた廊下を、部室棟へと歩いた。 ちなみに、我がSOS団の本日の活動内容は未定。 歩きながら、今日は何をしてやろうか少し考えてみるけど、これといって名案が浮かばない。 まあ、いいわ!部室で、ゆっくりお茶でも飲みながら考えるとしよう! 部室に近付くと、楽しそうな話し声がドアの向こうから聞こえてきた。 (みんな、もう来てるな・・・) なんだか楽しい気分になって、アタシは勢い良くドアを開けた。 -みんな、揃ってるわねっ?・・・て、あれ?何を食べてるの? 「おう、ハルヒか!朝比奈さんが、クッキーを焼いて来てくれたんだ!」 キョンが口をモゴモゴさせながら、嬉しそうにしている。 「いやぁ、実に美味いですね!商業的価値すら感じさせる味わいですよ?」 「・・・・学習により疲労した脳には糖分の摂取を推奨する。」 古泉君もユキも夢中で食べてる・・・。 みくるちゃんに、こんな特技があったとはね・・・。 「いやぁ、朝比奈さん!本当に美味いですよ!」 「やだ・・・ふふっ、キョン君たら!じゃあ・・・また何か作りましょうか?」 「ええ、是非!」 くっ・・・馬鹿キョンの奴!甘いものは苦手だって言ってた癖にっ! デレデレしちゃって何よっ! 「おい、ハルヒも食ってみろ?美味いぞっ!」 -いらない。 「なにムクれてるんだ?」 -・・・ムクれてなんかないわよっ! 「ハルヒ?」 -今日は先に帰るっ! なんだかものすごく頭に来て、アタシは部室を飛び出した。 学校を離れてしばらくたっても、アタシの腹の虫は治まらなかった。 まったく・・・馬鹿キョンの奴・・・ あんなに嬉しそうにする事ないじゃない・・・ 大体・・・お菓子作りくらいアタシだって出来るわよ・・・ あ! そうだっ!良い事思い付いたっ! 明日のSOS団のオヤツをアタシが作れば良いのよっ! そうね・・・クッキーとかじゃなくて、ゴージャスにショートケーキなんかどうかしらっ! お菓子作りなんてやった事ないけど、『萌え系ドジっ娘』の代名詞のみくるちゃんが出来るんですもの! やってやれない事は無いわ! とりあえず作り方さえ解れば、後は材料を買って楽勝よっ! アタシはとりあえず、商店街へと向かった。 買い物を済ませて家に帰ったアタシは、早々と夕食を済ませるとキッチンに立って準備を始めた。 一通り道具を揃えて、材料を並べるアタシを見て、母さんが驚いてる。 「ハルヒ・・・あんた、何やってるの?」 -ん~?ケーキ作るのっ! 「ええっ?あんた、カレーさえマトモに作れないのにっ?ケーキって難しいのよ?」 -煩いわね!人間、やる気になれば、なんでも出来るのよっ! 「まったく・・・やれやれだわね・・・」 母さんは呆れた顔で茶の間へと戻って行った。 まったく・・・大きなお世話よね! おおっと、母さんに構ってる暇なんて無いわっ!早く作らなきゃ。 えーと・・・小麦粉にベーキングパウダー・・・無塩バターに砂糖に卵っと・・・。 卵は黄身と白身に分けるのか・・・。 そして、先に黄身にバターと砂糖を入れてかきまぜる・・・あれっ? 砂糖が溶けないじゃないっ!どうするのよ、これっ! 「ちょっとハルヒ!お砂糖は少しづつ入れるのよっ!」 -あれ?母さん・・・居たの? 「まったく、おちおちテレビも視てられないわね!いいから全力でかきまぜて、溶かしてしまいなさい!」 -う、うん。 「そしたら白身を泡立ててっ!モコモコになるまでやるのよっ!」 -でええっ?全然モコモコになんかならないわよ? 「パワーとスピードが足りないのよっ!ココで気合いを入れないと、スポンジが膨らまないんだから!」 -わ、わかってるわよ!どぉぉりゃああああああああっ! 「そう!そしてそれにさっきの黄身を混ぜて、最後に粉を混ぜるっ!」 -うん!・・・それっ! アタシは用意しておいた小麦粉を全部、勢い良くボールに入れた。 「・・・やっちゃったわね?」 -えっ?何? 「・・・小麦粉もフルイにかけながら少しづつ入れるんだけど?」 -あ・・・!ねえ、母さんっ!どうしよう・・・・ 「うーん・・・とりあえず、粉がダマにならないように良く混ぜなさい。もしかしたら上手に焼きあがらないかもしれないけど・・・まあ、初めは誰でもそんなもんよっ!」 とりあえずアタシは、母さんに言われた通りに良く混ぜた後、型にそれを流し込んだ。 そして、オーブンに入れて焼けるまで待つ・・・・けど、なんだか全然膨らまない。 -母さん、どうしよう・・・。 「やっぱり駄目か。ねえ、ハルヒ?ケーキ作りは勢い良くやっちゃ駄目よ?地味に、丁寧にやらなくちゃね。」 -うん・・・。これ、失敗? 「・・・大丈夫よ。焼き上がったら上下半分に切って、フルーツとクリームを多目に挟めばいいわ。それに・・・アンタの選んだ彼は、少しくらい美味しく無くたって喜んでくれるわよ!」 -っ!母さんっ? な、なんでっ?母さんにはキョンの事なんか話した事ない筈なのにっ! 「なに赤くなってるのよ?ふふっ・・・アンタは本当に母さんの若い頃にそっくりね。」 それから少し後・・・ アタシのショートケーキは完成した。 ちょっと生地が固くなっちゃったけど、中々の出来栄えねっ! 明日の放課後に、みんなの驚く顔が目に浮かぶわっ! そして、夢中で食べるキョンの顔もねっ! さてさて、疲れたからもう寝ようっと! 次の日・・・ アタシは、朝起きてすぐにキョンにメールした。 『今日は電車で行く』っと・・・これで、良し! 一緒に行くとケーキの存在がバレちゃうじゃない? 放課後に驚いてもらわなきゃ、意味ないのよ! そして、アタシは急いで着替えて学校へと向かった。 学校に着くと、誰にもバレないように部室に寄って、冷蔵庫に持って来たケーキを隠す。 ふふっ、完璧だわっ! そして、何事も無かった様にアタシは教室へと向かった。そう、何事も無かった・・様に・・・ 「おい、ハルヒ!何ニヤけてるんだ?」 -へっ?なななななんでも無いわよっ! 「また、妙な事考えてるんじゃないだろうな?」 -なによっ!「妙」とは失礼ね! まったく、キョンは解ってないんだから。 まあ、いいわっ!とにかく放課後、放課後っ! そして放課後・・・ 不覚だった・・・。 また授業中に漫画を読んでたら、知らない内に授業が終ってた・・・ 何やってるんだろ、アタシ・・・ ま、いいか。 少し遅れたけど、部室に行ってケーキのお披露目といきますかっ! 部室に近付くと、楽しそうな話し声がドアの向こうから聞こえてきた。 (みんな、待ってなさいよっ・・・) いよいよ、みんなにアタシのケーキを・・・! 味はイマイチ自信が無いけど、クリームとフルーツのボリュームなら負けないわっ! アタシは勢い良くドアを開けた。 -みんな、揃ってるわねっ?・・・て、あれ?・・・何を・・・食べてるの? 「おう、ハルヒか!朝比奈さんが、マドレーヌを焼いて来てくれたんだ!」 キョンが口をモゴモゴさせながら、嬉しそうに・・・している。 「いやぁ、実に美味いですね!昨日のクッキーも美味しく頂きましたけど、今日のマドレーヌもまた素晴らしい!」 「・・・・。(ムシャムシャモグモグモグモグ)」 古泉君もユキも夢中で食べてる・・・。 「おい、ハルヒも食ってみろ?フワフワで美味いぞっ!」 -いらない。 「なに怒ってるんだ?」 -・・・怒ってなんかないわよっ! 「おい、ハルヒ?」 なんだかものすごく悲しくなって、アタシは部室を飛び出した。 そして・・・ とりあえず屋上に来てみた。 もう、西の空は微かにオレンジ色になりかけていて、それを見てるとなんだか益々切なくなってくる。 -なにやってんだろうな・・・アタシ。 しばらくぼんやりしていると、微かなオレンジ色はみるみる朱色に変わり、やがて淡い紫色を連れて来た。 少し寒いな・・・もう、帰ろう。 アタシはとりあえず、食べてくれる相手を失ったケーキを取りに部室に戻る。 部室には、もう誰も居なかった。 冷蔵庫を開けると、今朝のままの姿でケーキが置いてあるのが見えた。 アタシは、そっとそれを取り出すと、机の上に置いてみる。 どうしようかしらね、これ・・・ その時!突然、ドアが開く音がした! 「ハルヒっ、ここに居たのか!探したんだぞ?」 ドアの方を見ると、キョンが呆れた様子で立っていた。 -な、なによ!キョンこそ何やってんのよ? 「お前を待ってたんだろうが!今日は一人で帰るともなんとも言ってなかったし!」 -そう・・・だっけ? 「そうだ!・・・ところで、それは何だ?ケーキか?」 キョンは、アタシが机の上に置いたケーキの箱に気付いたみたい。 でも・・・もう、遅いわね・・・。 -なんでも・・・ないわよ・・・。 「そうか・・・。」 そう言うと、キョンは何か考える素振りを見せた。 そして「なるほど」って顔をしたと思ったら、突然ケーキの箱を開け始めた。 -ち、ちょっと!何するのよっ? 「ん?ああ、食べようぜ?」 -えっ・・・? 「駄目か?」 -駄目じゃ・・・無いけど・・・。 「ん。待ってろ?今、切り分けるから。」 キョンは、流し台から包丁とお皿を取り出すと、手際よくケーキを切り始めた。 でも・・・やっぱり固そうだな。 さっきの、みくるちゃんのマドレーヌとは全然違う・・・。 「おい、食べないのか?」 -え?ああ、食べるわよ。 「それじゃあ、いただきます!ん・・・おお!美味いな、これ!ハルヒが作ったんだろ?」 -そうだけど・・・。 「んん!美味い!」 -そ、そんなことないわよ・・・。 「いや、本当に美味いぞ?」 -っ!そんな事ないって言ってるでしょっ! 何だか、見え見えのお世辞を言われてる気がして、アタシはだんだんイラついてきた。 だって・・・どう考えても、みくるちゃんの作るお菓子には及ばない・・・ アタシは夢中で食べているキョンに、思わず声を張り上げてしまう。 -そんなに『美味い美味い』って言うんだったら、どんなふうに『美味い』んだか説明してみなさいよっ! ふと、キョンのケーキを食べる手が止まった。 そして・・・顔を上げてアタシをじっと見つめてる・・・。 「ハルヒの・・・一生懸命な味がして、美味いぞ。」 -・・・バカ。キョンの・・・バカ。 何だか嬉しくて照れ臭くて、アタシは夢中でケーキを食べて誤魔化した。 そして、やっぱり少し固いな・・・と思う。 ごめんね、キョン。 次は、とびっきりのヤツを作ってあげるからね! おしまい と、見せかけて・・・ 「おい、ハルヒ。口の周りがクリームだらけだぞ?」 -え?ああ、本当だ・・・ 「・・・とってやるよ」 -え?ち、ちょっと!キョ・・・ン・・・ んっ・・・ 本当におしまいっ!
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「でんぢゃらすハルヒ」 ハルヒとみくるは鶴屋に呼ばれて、彼女の家に来ていた。 なにやら、二人に見せたいものがあるらしい。 「やぁやぁ、2人ともよく来たね。 今日は2人に見せたいものがあるにょろ。 これにょろ!!」 そういうと、鶴屋は金で光った大きなものを見せた。 「じゃじゃ~ん、見てほしいにょろ!!」 それは、金色に光った鶴屋の銅像だった。 「どう?めがっさかっこいいでしょ!?」 みくるは、何かおぼろげない様子で 「え…、えぇ。とてもすばらしいです」 「ハルにゃんは?」 「とてもいいじゃない!!すばらしいわ!!」 「でしょでしょ!!あたしの家族の親戚の人があたしのためにって わざわざ作ってくれたにょろ!!2人が喜んでくれてうれしいっさ!!」 話し続けようとした瞬間、その時、 ♪あたしTwinkle twinkle littie MonStAR 暴れだすこの気持ち~ とここで一本の携帯の着メロがなった。 それは鶴屋の携帯だった。 「ちょっと電話しにいくにょろ、3分で戻ってくるから待っててほしいにょろ!! あっ、そうだ。2人に言いたいことがあるにょろ」 ハ み「何ですか?」 2人がそう聞くと、鶴屋は急に血相を変えて 「この銅像壊したら殺すにょろっ!!!!!!!」 みくるは驚き、ビビった。 「のわっ!?」 「いい、壊すんじゃないにょろよ、壊したら絶対許さないにょろよ!!」 みくる「わかりましたから、早く電話しに行ってください」 そうして鶴屋は、この場を後にした。 みくるはふと息を吹き、 「…ふぅ、びっくりしました。 あんな銅像、壊す人なんていませんよ~。 ねぇ? 涼宮さん。」 「……」 ハルヒは無言のままバズーカを持ち、発射口を銅像の方に向けた。 みくるは慌てて、 「ちょ、ちょっと何するんですか!!涼宮さん!!」 「おりゃ~~~~~~~~~っ!!!」 ドカ――――――――――ンッ!! ハルヒはバズーカをぶっ放して、鶴屋の銅像を めちゃめちゃに破壊した。 「しまった―――――――――っっ!!!!! ヤベ――――――――――――――――――ッッッ!!!!!!!!!!!!」 「しまったじゃないでしょ―――――――――――――っ!!!!」 「どうするんですかっ!!!鶴屋さんの銅像壊しちゃって!!!!!!!」 「フフフ、安心しなさい、みくるちゃん、 今日は私が、友達の大切なものをこわした時の謝り方を 教えてあげるわ!!!!!!!」 「(そのためにわざと壊したんですか? 涼宮さん)」 「いい、ポイントは、… 人のせいにすることよ!!」 「何―――――――っ!!!!??」 やりとりをしている間に、鶴屋さんが現れた。 ハルヒは彼女の方に近づいて、 「鶴屋さん!!!」 「ん? どうしたんだい? ハルにゃん」 「鶴屋さんの銅像、みくるちゃんが壊しました!!」 鶴屋は血相を変えて、 「何――――――――っ!?」 みくるも 「え――――――――っ!?」 何が何なのかわからないみくる。そんなみくるに 鶴屋は近づき、 彼女の真正面に立った。 「ち、違うの!! 鶴屋さん!! これは涼宮さんが…! 涼宮さんが!!!!!」 鶴屋はどす黒い声で、 「みくる~、自分のやったことを人のせいにするなんて、 最低にょろ!!」 「違うんですってば!! 本当に涼宮さんg」 「まだそんな事言うの!? どうやらみくるは おしおきが必要みたいね!!さぁ、来るにょろ!!」 「い、痛い!!……」 そういうと、みくるの髪を引っ張り、みくるは鶴屋の家の中に引きずりこまれた。 家の中からは悲鳴と怒号が聞こえてくる。 鶴屋「おりゃ――――――――!!!」 みくる「いやあああああああああああっ!!!!!」 ドスッ、ゴフッ、バキッ、グサッ それを見ていたハルヒは 「強くなってね。みくるちゃん」 と一言つぶやいた。 お仕置きが終わったみくる。鶴屋の家から、傷だらけになりながら出てきた。 「おっ、みくるちゃん、出てきたのね!!よかったわ!!!」 みくるは一人心の中で思った。 いつか、この女殺してやる。 元ネタ 何でしたっけ?
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もしハルヒが日記帳、もしくはブログなんかを日々つけていたとしたらどんな文章を書いているのか、まぁ確かめる術はどれだけ権謀術数を極めてもゲーデル命題の如く不確定の問題として終わりを告げてしまうのだろうが、まぁここは読者の特権、言論の自由がブラウン運動並みに行き交うこのブログ空間に、徒然なるままに載せてみようかとか考えた末の、結実した成果がこれである。 キョンなら何と言うだろうか?全く悪趣味なことを考えやがる、とこれを唾棄するのかもしれないが、本当にあるなら見てみたい気がする、と彼の中で悪魔の囁きが首をもたげかけたあたりで、古泉にその心情を見抜かれ、「あなたが見せて欲しいと言えば、見せてくれるんじゃないですか?あなたがたは理想形といっても良いくらいの信頼感で、結ばれているのですから」などと保険会社の営業担当者並みの笑顔を浮かべながら訳知り口調で口走り、タダほど怖いものは無いということの証明となりそうなスマイルだなと、キョンが感想を心の中で一人ごちることだろう。 そんなこんなで、キョン口調を真似た一読者のお送りする『涼宮ハルヒの回想』。挿絵も全く無く更に横書きなため読みづらいことこの上ない感じで、誰にも気取られずにスタート! 『涼宮ハルヒの回想』 あたしはよく、寝る前にふと見慣れた天井を見つめながら考え込む癖があった。最近はもうないけれど、去年の今ごろ、北高に塾に行かず独力で合格してから、周りの本当につまらないクラスメイトたちのお別れ会とかいう互いの思い出作りに奔走する、本当にくだらない集まりに行くのも当然断って、ただ、ひたすら何も起きずに中学生が終わっちゃったことへの後悔と、これからあの北高に行くことへの少しの期待感とが混じり合った、感傷にも似た感情を抱いていた三月の下旬頃は、よく、こんなことを考えてた。ていってもそれは、その時まで考え通しだったことをまた、同じように繰り返していただけだったんだけど。 このまま何も起きずに、変な出来事、宇宙人、異世界人、未来人、幽霊、妖怪、なんでもいいのよ、面白そうなものと何も出会わずに、それなりに人生を歩んで、つまり大人になって、定番の家族ドラマみたいに安定した家庭を築かされて、やることと言えば誰かの世話、日常の人間関係の保全、公私問わず社会が押し付けてくるその他諸々の義務、普通の人が普通にやらなきゃいけないこと・・そういった本当につまらないこと、別にあたしでなくても良いような物事しか経験しないで人生を終えるようなことがあったらどうしようって、ほんと、いつものように焦ってた。焦りの気持ちが心の中で一定量を越えると、あたしは布団の中にうずくまって、早く眠りにつこうとした。夢の中くらいでしか、あたしが触れ得る非日常らしい世界が待っていないことを、どこかで知っていたからなのかもしれない。早く寝てしまおう、寝て起きたら、いつのまにか現実が夢に置き換わっていて、もしかしたらあたしのところにも変な出来事が訪れるかもしれないって。今日も何も無かったことの苛立ちを、夢の中で晴らそうって、考えるようになっていたのかもしれない。 そうした夜はいつものようにやってくるし、朝はまた相変わらずの顔で今日も元気に人生を過ごそうと励ましてくる。外へ出ても拡がっているのは、次元断層の隙間なんて1ミクロンもない当たり前の世界、平凡な日常。空を見てもアダムスキー型UFOの群体なんて飛んでないし、ただ、どこかの唱歌の歌詞にありそうな「雲ひとつなく晴れ渡る青空」が、のっぺりとした顔で眼前に広がっているだけ・・。あたしじゃない誰かの元に、ちっとも普通じゃない、とっても面白い出来事が天賦人権のように与えられている代わりに、あたしのところには安全で、安定した、時間の相対性なんて微塵も感じさせないような絶対的で堅牢な平和が、要りもしないのに日々あたしの上に降り注いでくる。あたしの中学生活の三年間は、そうした絶対的秩序と言う刑務所からの大脱走のために、そのほとんどを費やされてきたって言っても、ほんと、言い過ぎじゃないわね。それくらいに、あたしは「いろんなこと」をやっていたから。ネットで評判になってた、一枚ウン千円もする霊験あらたかなお札を、親父に小遣い前借りして三ダースほど購入して、教室の窓全てに貼ってまわったり、七夕の日に校庭で、「あたしはここにいる」って意味の、地球外生命体にも見えるくらい大きな絵文字を石灰で描いてみせたり・・。そう、このとき、校庭にやってきた男・・あれ、何て名前だったっけ?・・北高の制服を着た、あたしの絵文字製作事業を手伝ってくれた男が、あたしの中で唯一の「おもしろいこと」への鍵だった。あいつは未来人、宇宙人、超能力者、異世界人について、何故だか知らないけれど知っているように思えた。ただ、あたしみたいな中学生のくだらないたわ言を、そこらへんのくだらない大人やクラスメイト達みたいに言葉面の上で同意しておいてあたしのことを避けるような態度には、少なくとも思えなかった。 なにより、あたしの本当に端から見たらばかげてる絵文字製作を、あの男は無駄口叩きながら、でも、真剣に手伝ってくれた。あたしは最初、手伝ってくれるとは思っていなかった。当然でしょ?いきなり誰だかわからない女の子に、そんなことを手伝えっていわれたら、普通は親御さんを探すか、家は何処かとか、聞いてくるはずよね。もしくはあたしの言葉に苦笑いして、じゃあねと手を振るか、そんなことしても変わるわけない、宇宙人なんて、NASAの丁稚上げで、未来人に至っては、ネタ的に面白いから、小説の物語を進めるためのファクターとして流行しただけなんだよって、日常的な言説を持ち出して説教したりするのが、考えうる一般の人の対応だと思うの。 あの男は、あたしの言葉を受け止めるのでもなく、説教するわけでも、話題をそらすわけでもなくて、ただ一緒に、世界を変える行動を手伝ってくれた。それがあたしにとっては、一番嬉しかったことだった。 あたしは、世界が面白くなる行動を起こすんだって思っていた。世界に、あたしはここにいるんだって、訴えたかったのよ。でも・・もしかしたら、世界に訴えたかったんじゃなくて、ただ、誰かと一緒に、「何か」をしたかっただけなのかもしれない。「あたしの世界」は、あたしだけじゃ変わらない、誰かと一緒に、何かをやることで面白くなるのかもしれないって、あの数十分間の間に、少し思った。 それが、SOS団を作る素地になっていたのかも・・しれないけど、 よくは分からないわ、北京で蝶が羽ばたいたからなのかも、しれないしね。 あのときの感じを、信頼してよかったなって、ほんと、今なら言える。あのときの感触を信じて、わざわざ山の上にある県立の普通レベルの北高にいったからこそ、あたしは萌え記号の塊みたいなみくるちゃんに会えたし、無口キャラで眼鏡っ娘の有希とも会えた。入学してまもなくの五月に転校してきた謎の転校生の古泉くんとも、北高に行ってなかったら会えるわけも無かっただろうしね。まぁ、キョンは別になんでもないんだけど、あいつがぐだぐだ垂れた説教が無かったら創部っていう手段を考え付かなかったかもしれないし、SOS団結成も無かったのかもしれない・・なんていうのは、ちょっと、いえ、かなり誉め過ぎね、キョンはただの団員、それ以上でも以下でもないんだから。SOS団が結成されたのは必然なのよ、シュレーディンガーの猫みたいに観測者の存在なんかで確率論に堕さない、これだけは変わらない、唯一つの真実なの!神様がサイコロを振ろうともね! ――三月下旬、SOS団団長涼宮ハルヒ、記す。
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涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡 ◇◇◇◇ 【一週間前に事故を回避した少年。また事故に巻き込まれ死亡】 惨劇を目撃した翌日の放課後。俺は谷口が床に引くために持ってきていた新聞に昨日の惨劇の記事が載っていたので、 それをかっぱらって読んでいた。他にニュースがなかったのかそれとも珍しい事件だったためなのか新聞社がどう判断したのか わからないが、見事に一面トップを飾っていた。上空から落下した看板を写している写真も掲載されている。 もちろんその下に広がる血もだ。生々しい報道写真である。 昨日その事故に巻き込まれた男子生徒は、やはり先日に俺が助けた奴だった。事故現場にいた目撃者や警察発表によれば、 事件性はなく偶然に偶然が重なったために起きたらしい。折れた標識は老朽化が酷く、近く交換される予定だったし、 看板も隣接する道路の度重なる大型トラックの通過で激しく揺さぶられ続け、留め金の部分が壊れてしまっていたようだ。 実際に目撃していた俺はそんな偶然が続くものなのか?と思いつつも、そんなまるでシナリオのような筋書きで 謀殺を図る意味なんてあるとは思えないと結論づける。誰かが仕組んでいた形跡もないと報道されているからな。 とはいえ偶然の事故でもそんな惨劇を目撃した俺が平気なわけがない。遠目だったとはいえ、一部始終がたまに フラッシュバックして蘇りダウナー状態が続いている。 ハルヒも同じようで特に昨日事件について何も言ってはいないが、ぼーっと憂鬱な目で何もしていないことが多かった。 一応書道部に参加はしているが、いつもの熱血練習もどこへやら何もせずにただ外を眺めているだけである。 あと、昨日あまり反応を見せなかった朝比奈さんは、今日学校を休んでいる。やっぱりショックだったのだろう。 あの後一言も言葉を発することもなく別れ際もただお辞儀するだけだったしな。元々気の弱いお方だ。学校を休むのも無理もない。 そんな憂鬱真っ盛りで新聞を読んでいると、横から谷口と国木田が顔を突っ込んできて、 「キョンよー、この事故にあった生徒ってお前がこないだ助けた奴なんだろ? まっ、あまり気にするなって。 こいつがツいていなかったとしか言いようがねーんだから」 「そうだね。再度目撃しちゃったんだから、キョンのショックも大きいのはわかるけどさ」 「しっかし、運命ってのは残酷だぜ。せっかく命からがら助かったのに、また追い打ちをかける必要はねーだろ。 そういうのを操る神様がいるって言うならそいつはかなり陰険な野郎だな」 「神様かぁ……この場合死神だろうね。一度首に掛けた鎌をキョンに邪魔されたから、リベンジでもしたのかな?」 最後の国木田の死神という言葉に俺は少し心臓が高鳴った。 考えて見りゃ元々ハルヒからもらった予知能力がなければ、あの男子生徒はすでに死んでいたはずだった。 それを俺があり得ない力で、あり得ない救出劇を実行してしまった。つまりあの男子生徒の運命を変えてしまったって事だ。 しかし、本当に死神なるものが存在するならそんな茶々入れを見逃すだろうか? 死の予定表に書かれている人物が 生きている事自体を許さないに違いない。だからこそ、再度偶然という事象を利用してあの男子生徒を殺害した。 そういやそんな映画があったね。同じように予知能力を発揮して災害から逃れたのは良いけど、結局死からは逃れれず 各々死んでいくって言う展開が。それと同じ事が起きているってことか。 ………… ……なーんてね。考えすぎにもほどがある。宇宙人やら未来人でいっぱいいっぱいだというのに、レイスやゴーストどころか 死神なんていう得体の知れないものの登場なんて勘弁願いたい。 と、ここで書道部顧問がやってきた。部員、仮部員一同が挨拶を交わす――ぼーっとしたままのハルヒは除くが。 挨拶後、顧問は手に持っていたチラシっぽい紙を俺たちに配布し始め、内容についての説明を始める。 簡単に言えば、三日後の今週末に展覧会があるらしい。しかも鶴屋さん系列のものらしく、特別に入場料は タダにしてくれる。せっかくだから都合の悪いが悪くない人は言ってみないか?と。 「うちの方で主催するんだけど、せっかく書道部なんだからこう言うのに行ってみるのも悪くないと思ってさっ! 家の方で掛け合ってみたところ、これが快くOK! みんな気兼ねなく参加してほしいっさ」 鶴屋さんのフォローに部員の方は一同参加を表明した。さて、問題の仮入部群団の方だが…… 「俺は参加しますよ。せっかくだから芸術に触れて大いなる未知の世界に触れてみるのも悪くありませんからね」 谷口は参加を表明。何が芸術だ。お前のことだから、谷口的美的ランクの高い書道部女子部員の私服姿でも拝みたいんだろ。 ついでに帰りがけにナンパを始めそうだ。 「僕も予定はないから行くよ。せっかくだからね」 そう国木田も賛同。こいつも女っぽい顔つきながら意外と女好きなのは、付き合いの長い俺はよく知っている。 谷口のように露骨ではないが、内心は谷口と大して変わらないたくらみを持っていそうだ。 とりあえず俺も頷いておくことにした。朝比奈さんがいないとあまり意味はないんだが、どうせ休日やることもなく ハルヒの呼び出しを受けない限りは家でごろごろしているだけになるだろうしな。 で、今日欠席している朝比奈さんについては、 「あたしの方で今日のうちにみくるに確認しておくよっ。あんな事があった後だから……あんまり無理強いはできないけどね」 そう鶴屋さんは悲しげな表情で言った。 となると残りはハルヒになるわけだが…… 「で、ハルにゃんはどうするにょろ?」 「……ん? ああ、みくるちゃんが行くなら」 どこか上の空でそう答えた。全くストレートに朝比奈さん目的を言えるのもこいつの性格ならでは、か。 結局、朝比奈さんの参加次第ということもあるので、最終参加確認は明日にすることにして、 今日の書道部活動はこれにて終わりになった。 翌日、健気に復活した朝比奈さんは快くOKを出した。すっかりダウナーモードを脱して元気よく練習+朝比奈さんいじりに 精を出しているハルヒも参加を即答。 そんなわけで参加者は顧問+書道部部員(部長、部員二人、鶴屋さん、朝比奈さん)+仮入部員全員の参加は決定した。 ま、全員参加って訳だ。 とりあえず退屈そうにして芸術なんていうものに興味のないことを悟られないように、週末は朝比奈さんの私服姿の鑑賞に 務めることにするかね。ってそれじゃ谷口とあまり変わらないか。 ――思えば、この時点で俺ももう少し死神の存在について考えてみれば良かった。 ◇◇◇◇ てなわけで週末だ。俺たちは市内の展覧会場に集合していた。てっきりもっと大規模なテーマパーク的な建物で 行われるのかと思いきや、商店街の中にあった空き店舗を一つ改造してイベント会場にした小規模のものだった。 どうやら個人展覧会ぐらいのノリのようだな。その会場はちょうど通行量の多い十字路の角に位置している。 たまにトラックがガタゴトと通り過ぎて、路面を激しく振動させる。 現在会場前にいるのは俺とハルヒだけだった。なんせ予定時刻の30分前で、まだ会場すらオープンしていない状態だからな。 SOS団の時の早出がすっかり癖になっているおかげで、一般人予定時刻よりも行動がすっかり早くなってしまったよ。 まあ、ハルヒはSOS団団長の時と同じように一番手で来ているが。 「で、みくるちゃんから未来人であるって言われたの?」 唐突にハルヒから声を掛けられ、俺はしばらくあたふたとしてしまったが、 「……いや、まだだよ。タイミングを考えれば恐らくもうちょっと後になると思うが」 「そ」 素っ気ない返事を返すハルヒ。 そういや、俺の世界でカミングアウトをされたことを思い出すと、長門は俺の身に危険が迫ることを考えた上で告白、 古泉はどっちかというと俺の方からきっかけを作ったようなものだったが、朝比奈さんは何であのタイミングで 告白したんだろうか? あの状況を考えて、別にその必要性はあったとは思えないが。 ここで俺は問題が発生していることを認識されられた。このまま朝比奈さんが黙ったままだった場合はどうすればいいのか。 まさかあなたは未来人ですか?なんて聞くわけにも行かない。だが、このまま隠された状態を続けられても…… ふと俺はハルヒに、 「そういや、お前朝比奈さんのことはどう思っているんだ? ぱっと見た目は気に入っているように見えるが」 「どうもこうも可愛くって仕方ないわよ。冗談抜きで持って帰りたいくらいにね」 ――話し始めは楽しそうだったが、すぐに憂鬱の篭もったため息を吐くと、 「でも古泉くんの時のことを考えるとね……例え個人と仲良くしても後ろにいる連中があんな感じじゃどうにもならないわ。 みくるちゃんも未来人らしいけど、その後ろには特定の思惑を持った勢力がいる。そいつらが何を考えているのかわからない以上、 素直に今の楽しさを受け入れにくいってものよ」 やはり前回の古泉――機関の件が少々トラウマ気味になっているようだ。せっかく古泉と仲良くしていたってのに、 オチが核でドカンじゃ俺だってショックは大きかったさ。 だが、未来人の思惑か……。俺の世界じゃ朝比奈さん(大)は既定事項をこなそうとしていた。自分たちの未来を確保するため だそうだ。ならこの世界でも同じ事に務めるだろう。それだけなら別に機関のように突拍子もないことをやらかしたりは しないと思うが、どうだろうか。なにぶん禁則事項を連発されているからな。俺に知らされていないこともかなりあるはずだ。 そんなことをつらつら考えているうちに、俺の前には黒塗りでいかにもお金持ちが乗りそうなベンツが止まる。 その後部座席からカジュアルな和服調私服姿の鶴屋さんと可愛らしいワンピース姿の朝比奈さんが現れた。 「やあやあっ。もうご到着だったんだねっ! 予定より早く動くのがハルにゃん行動原則かいっ? それともキョンくんと 二人っきりになるのが目的だったりしてっ。そこんところどうなんだいっ?」 「こんにちわ、鶴屋さん。言っておくけどこのバカキョンが勝手に来ただけよ。あたしは一番乗りが原則ってだけ」 ぶっきらぼうに答えるハルヒだったが、その予定時刻よりも早く集合場所に来る癖を作ったのは他ならぬお前なんだが。 おっと、そういやなんで朝比奈さんも一緒に乗っているんですか? 「あー、途中でみくるを見かけてねっ。せっかくだから途中で拾ってきたんだよ。一人で歩いていると、ふらふらと迷子に なっちゃいそうだしねっ」 「……実は本当に迷っていたんです。困って鶴屋さんに電話しようとしていたらちょうどばったり出会えて助かっちゃいました」 てへっと思わず俺もお持ち帰りしたくなるようなかわいさを爆裂される朝比奈さん。なんて事だ。俺に言ってくだされば、 例え自宅でも駆けつけて場所案内をしましたよ。 朝比奈さんは俺の前に立つと、ぺこりと頭を下げて、 「お待たせしちゃってすいません。今日はどうぞよろしくお願いします」 「いいえいいえ、俺とハルヒが早く来すぎただけですから。こっちこそ、仮入部の新米なのでよろしくご指導お願いします」 礼儀正しいには、それ相応で返さないとな。腕組んでふんぞり返っているハルヒも俺を見習ったらどうだ―― って、何かすごい睨みジト目でこっちを見てやがる。なんだなんだ、朝比奈さんを取られたとでも思ったのか? お前みたいにどうこうしたりしないから大丈夫だよ。 そんなことをしている間に、顧問に引きつられた書道部部員一同・谷口・国木田がやって来た。これで全員勢揃いか。 ただ開場まで少し時間があるので、適当に入り口前で時間を潰すことになる。 それぞれ和気藹々と雑談に興じるなか、俺たちの前にガスか何かを積んだトレーラーが信号待ちに入った。 ゴゴゴゴとけたたましいエンジン音と一緒に、ディーゼル車特有の黒い煙をマフラーから吐きだしていた。 全く信号待ちの間はエンジンを止めておけよ。こんな真っ黒い煙を朝比奈さんに浴びせたら体調を崩しかねないじゃないか。 俺はディーゼルの煙を浴びない位置に朝比奈さんを移動させようと、彼女の方に振り返って、 「あれ?」 さっきまで朝比奈さんが経っていたはずの場所にその姿が無くなっている。どこいったんだ? 俺は朝比奈さんの姿を探して辺りをきょろきょろと見回していると、 「キョンくん、どうかしたんですか? ――けほけほっ、排気ガスが凄いですね。口の中が真っ黒になりそう」 朝比奈さんの声。気が付けばさっきいなかったはずの場所に、朝比奈さんが立っていた。俺が心配したとおり、 排ガスを避けようと手で口元を仰いでいる。 俺は首をかしげながら、彼女を俺の背後当たりに移動させた。ちょうど俺の位置は風の流れにより、排ガスの餌食にはならない。 ――さっきいなかったのは見間違えか? そろそろ時間だと顧問の声が聞こえる。俺は首をかしげながらも、開場の方へ移動しようとして―― ………… きっと気が付いたのは偶然だったのだろう。交差点を渡る必要なんてないから、信号機がどう変わったなんて 普通は確認しないからな。 だが、俺ははっきりと見てしまった。交差点の片方の信号の青のまま、トレーラーの方の信号も青に変わった瞬間を。 俺は今から始まることに、一声すら上げることができなかった。 まず俺のすぐ横に止まっていたトレーラーが青信号になったため走り始めた。だが、もう一方の信号も青なのだ。 当然の事ながら、止まることなく乗用車は交差点を通過しようとする。ちょうどトレーラーが交差点に入りかけた瞬間、 交差側の道路から大量のガスボンベを積んだ小型トラックがかなり速い速度で突っ込んできた。言うまでもなく、トレーラーと 小型トラックは接触し派手な音を立てた。しかも、両方とも積んでいるものが可燃物だったため、 すぐに爆発を伴った炎上が始まる。その時の爆風で俺の身体は吹っ飛び近くの商店の壁に激突した。 そのすぐ隣に同じように書道部顧問も叩きつけられる。 あまりの痛みに俺はしばらく言葉を失ったが、すぐにはっと気が付いた。俺たちに向けて爆発の衝撃でガスボンベが 数本飛んできていることに。 俺は目をつむることもできずに、そのうちの一本を追っていた。俺のすぐ横数十センチの所に突き刺さった。 だが、それとは逆側でグギャという気色の悪い音が聞こえる。見れば書道部顧問の腹にガスボンベが突き刺さり、 だらだらと口から多量の血を吹き上げていた。 目の前で起きたスプラッタ劇。こないだの男子生徒の事故死のショックを遙かに上回る状況に、俺は戦慄を憶えた。 だが、それで終わりではない。今度は別の方角へ飛んでいったガスボンベの一本が近くのショーウィンドウに飛び込んだ。 程なくして何かの拍子で引火したのだろう、店舗の内側で大爆発が起きる。その時、ウィンドウガラスが一斉に飛び散り 周囲にまき散らされ、その無数の凶器が俺から数メートルの位置に立っていた谷口と国木田の全身に突き刺さった。 まるで狙いすましたように的確に首や胸など急所に突き刺さっていく。 「――キョンくん、ハルにゃん逃げ――っ!」 鶴屋さんの叫びは途中でとぎれた。玉突き事故状態になっていたため、別の乗用車が事故現場に突っ込みそうになり、 あわててハンドルを切ってその乗用車がスピンを始め、それが鶴屋さんを巻き込んだのだ。 はねとばされた彼女は―― ――次の瞬間、俺は鶴屋さんの行く末を確認する前に再度吹っ飛んだ。すぐ近くに落ちていたガスボンベの一つが爆発したのだ。 鶴屋さんが逃げ……と言っていたのはこれのことだったに違いない。 数メートル飛び、背中から落下して全身が酷いしびれを起こす。だが、どういう訳かこんな時に限って視覚だけは しっかりしていて、別の乗用車がまた一台トレーラに突っ込み、すぐに大爆発が起きた。その燃えさかる火炎に 書道部部員二人が巻き込まれていく。 「キョ……ン……」 聞き慣れた声が耳に届く。何とか首をそちらに向けると、俺と同じように道路に倒れているハルヒの姿が目に止まった。 同じようにさっきのガスボンベの爆発に巻き込まれたのだろう。身体のあちこちから焦げた煙が上がっていた。 辺り一面は地獄絵図のようになっていた。トレーラーの可燃物質が大量に漏れ、それから発生した炎が周囲の民家に 燃え移っていく。 その中、一人火だるまになって悲鳴を上げていた人間の存在に気が付いた。書道部部長だ。彼女が泣き叫びながら 身体中の炎を払おうと手をばたつかせていた。しかし、すぐに肺の中にも火が入ったのか、意識を失って倒れてしまった。 「もど……もど……っ」 ハルヒは動かない口で何かを訴えていた。 ああそうだ。朝比奈さんは? 朝比奈さんはどこに行った? 無事なのか…… 俺は彼女の姿を探すべく、身体を空に向けて見た――広がる空に馬鹿でかいトレーラーの一部。爆発の衝撃で 遙か上空まで飛び上がっていたのが、今まさに俺たちめがけて落ちてきているのだ。 戻れ――! そう叫んだのは、きっと軌跡だったに違いない。俺はそんな言葉なんて頭の中に全く浮かんでいなかったし、 この惨劇の中では自分の予知能力なんてすっかり忘れていたんだから―― ……… …… … 「うわっ!」 俺は唐突に大声を上げていた。 そして、辺りを見回す。展覧会の会場前。突然俺の上げた奇声に、顧問一同が俺を奇異の目で見つめている。 目の前にはディーゼルの煙を吐くトレーラが停止中――次に目に入れたのは信号機。さっき見たのと同じように、 交差する両車線ともの信号が青になっている。トレーラーは今まさに発進しようとしていた。 「――逃げろっ!」 俺は無我夢中で近くにいた書道部員一同を引き連れて、まだ未開場の展覧会場に押し入った。 何秒だ? あの惨劇を何秒間俺は見続けていた? 例えばあれが100秒間だったら、今逃げ切れるのは20秒しかない。 惨劇を止めるすべはもうないのだ。とにかく手近な人間を逃がすだけで精一杯だった。 会場の入り口にいた係員から、困ります!と止めに入ったか、そんなことお構いなしに会場内に侵入――いや逃げ込む。 「おいキョン! 何なんだよ!」 「どうしたのさ! キョン聞いているのかい!?」 「ちょっとちょっとキョンくんってばっ!」 「キョン! あんたまた――!」 「キョンくん、なんでまた――!」 みんなの声が交錯する。だが一つ一ついちいち答えられている余裕なんてない。俺はできるだけ展覧会の会場の奥に―― ――背後で耳を貫く接触音と爆発が発生した。俺たちはその衝撃に身を飛ばされた。 衝撃で会場内が激しく揺さぶられ展示物が落ちるどころか、壁もばらばらと崩れ落ちていく。 背後――交差点では次々と玉突き事故が起こり、さらにトレーラーの可燃物質と小型トラックのガスボンベが次々と 引火してさらに大きな爆発を続けていた。 しばらく俺は唖然としていたが、あわてて周りを確認し、全員の姿を見渡した。周囲には書道部関係者全員が腰を抜かして 座っている。その顔は皆恐怖に引きつっていた――いや、違う。 二人だけは異なる反応を見せていた。まずハルヒだ。じっと俺の方を見つめていた。理由はわかる。また予知能力を使っただろう ということについて何か言いたいのだろう。 そしてもう一人は俺に背を向けて事故現場の方を見つめてため、表情を確認できなかった……朝比奈さんの表情だけは。 ◇◇◇◇ 消防や警察が大騒ぎしてやっとこさ事故の状況が落ち着いた辺りで、俺たちは全員警察署に連れて行かれた。 いや別に連行された訳じゃない。事故の状況を知りたいために目撃情報を知りたいんだと。 ただし、事故を予知していた俺を除いて。家には事故に巻き込まれたが、無事だから安心してくれとだけ電話で伝えておいた。 警察からはいろいろ聞かれた。特にどうして事故を予見することができたのかについてである。 これに関しては素直に言うわけにもいかない――言ったらかえって怪しくなるだけだからな。 だからこう答えておいた。 信号が両方とも青になるのに気が付いた。そのままだとトレーラーとガスボンベを積んだ小型トラックが衝突するのは 確実だったのであわてて逃げた。トレーラーの運転手を止めようとも思ったが、気が付いたときにはもう発進していたし、 声が届くのは無理だと考えた。 「よう……」 「……長かったわね、キョン」 警察署の待合室で長々と聴取を受けていた俺を待っていてくれたのはハルヒだけだった。 顧問を含め全員が酷く動揺しているらしい。もちろん鶴屋さんや朝比奈さんもだ。かなり精神的に衰弱しているらしく 早く家に帰って休ませないと精神レベルで長期間の傷を残しかねないという医師の判断もあったとのこと。 俺とハルヒは警察署から出て、すっかり暗くなった外に出る。まばらに浮かぶ雲の間にきれいな半月が浮かんでいた。 二人はしばらくどこに行くまでもなく、暗い歩道を歩き始めた。時折、警察署脇を通る道路を走る車のテールランプが 俺たちを照らしていく。 ハルヒはすっと俺の方に振り返り、 「……警察はきちんとごまかせたんでしょうね?」 「ああ、そっちは問題ない。少なくても犯人扱いはされていなさそうだったよ」 「そう……」 ――それ立ちのそばをトラックが通っていく。その振動に俺は思わずあの大惨事を思い出し身を震わせる。 ハルヒも目の前の惨劇には相当堪えたらしい。かなり意気消沈した様子だった。 続ける。 「使った……のよね? 予知能力」 「……そうだ。あの事故が起きることがわかっていたんだ」 それを聞いてハルヒは、ふうっとため息を吐くと、 「何があったのか教えて」 俺は端的にどんな惨劇だったのか伝えた。完全に怒濤の状況だったため記憶が曖昧な点もあったが、 ひょっとしたら俺とハルヒも死んでいたかも知れないということも。 そのあまりの凄惨さにハルヒはしばらく閉口していたが、 「それじゃ仕方ないわね……ありがと、あんたのおかげで命拾いしたわ」 「俺の予知能力はこれでもう終わりなのか?」 「そうよ。これ以上は面倒事になりかねないし……それにあまり意味がないことに気が付いたから。 これから事故が起こるたびにこんな事を繰り返していても無限ループにはまりこむだけよ」 「意味がない? それは違うだろ。危うくお前まで死にそうになったんだ。お前が死んだら何もかも終わりさ。 リセットもできなくなる」 「ポジティブで良いわね、全く……」 ハルヒはやれやれと肩をすくめた。超ポジティブ思考はお前の専売特許だぞ。お前らしくもない。 ふと俺はリセットのことを思い出し、 「リセットはするのか? 俺は予定されてた二回の予知能力を使っちまったが」 「しないわ。今回のは情報統合思念体は全く関係のないただの事故だったし、リセットを連発するとその分奴らにばれる可能性も 増す一方だから。でも予知能力はなし。前回、今回と短い間に二回続けてだったから情報統合思念体があんたに興味を 持ち始めているみたいよ。変な能力を持っているんじゃないかってね」 「マジかよ」 ハルヒの代わりに俺が変態パワーの持ち主に認定されてはたまらん。とっつかまえられてキャトルミューティレーションは 勘弁願いたいからな。 「とにかく、明日からは今日の事故のことも忘れて、いつも通りの日常を続けるわよ。 今のところ、問題なく推移しているんだから」 「そうだな……とっとと忘れちまうのが一番か」 「じゃ、また明日、学校でね」 そう言ってハルヒは自宅へと帰っていった。 ……俺も帰るか。いい加減くたびれたからな。 ◇◇◇◇ 翌日。北高は昨日の玉突き事故の話題で持ちきりだった。校内を歩いていてもその話しか聞こえてこない。 耳に届く内容では相当尾ひれの付いたうわさ話になっていて、やれ陰謀説とかUFOとかの話まで混じっていた。 事故を目撃した谷口と国木田は学校を休んでいた。無理もない。あれを見た後で平然としている俺の方が貴重だろう。 ハルヒはダウナーモードながら来ていたが。 そんなこんなで放課後、俺とハルヒは書道部の様子確認もかねて部室を訪ねてみることにした。 予想通り誰もいない――と思いきや一人だけいた。鶴屋さんである。 「やあ、キョンくん、ハルにゃん。元気――ではなさそうだけど、学校に来れるくらいにはなったみたいだね。よかった」 そう言う鶴屋さんもショックは大きかったらしく、いつのものように口調にキレがない。 彼女に聞くところによると、やはり朝比奈さんは今日学校に来ていないとのこと。顧問も休み。部員に関しては、 一人の女子部員だけが学校に来ていたらしいが、やはり部活に参加する気力はないらしく、 ついさっき帰宅の途に付いたとのことだった。 「ま、部活する気分でもないしね。今日は解散にしましょうか」 「そうっさね……」 ハルヒと鶴屋さんはそう頷くと帰り支度を始める。 ふと、鶴屋さんが部室の窓の外に顔を出し、笑顔で手を振り始めた。俺もそれに続いて外を見ると、 校舎の出口近くで書道部の女子部員が手を振り替えしている。どうやら、俺たち以外で唯一登校して部員のようだ。 「また明日ねーっ! 気を落とすんじゃないっさ!」 窓を開けて鶴屋さんが元気よく――少々無理やり気味だったが――声を掛けていた。女子部員の方も何事か言い返してきたが 声が届かずにその意味までは聞き取れなかった。 ……ただ、俺の耳には別の音が飛び込んできた。野球部のバットとボールがぶつかるカキーンという音だ。 女子部員は特に不自然な動作もなく校門から出て行こうとする。 その時だった。 確率にすればどのくらいのものなのだろう。野球部の練習から放たれた大飛球が彼女の後頭部に直撃するなんて。 「あっ!」 「うそっ!?」 その様子を見ていたハルヒと鶴屋さんは唖然とした声を上げた。俺に至っては声すら上げられない。 昨日あんな事があったのに、今日は天文学的確率で野球ボールをぶつけられるなんて、この世に神っていうものはいないのか? だが、事態はそれで終わっていなかった。想像もしなかった後頭部のショックに女子部員は脳しんとうか何か起こしたのか、 ふらふらと校門から車道に向かってよろめき始める。 「ダメだよっ! そっちは危ないっ!」 鶴屋さんが必死に声を飛ばすが、恐らく頭痛で聞こえていないだろう。どんどん車道に向かって移動していく。 学校校門前の道路は信号がしばらくなくスピードを上げて通り過ぎる自動車も多い。突然、車道に入り込めば ブレーキの暇もなく轢かれるかも知れない。 ――だが、危機一髪のところで偶然近くにいた別の北高女子生徒がよろめくその身をキャッチした。 これに鶴屋さんがふーっと大きなため息を吐いた。昨日の今日でまた惨劇が発生するなんて最悪だからな。 悪いことは早々続かないってことの現れだ。 女子部員は助けた女子生徒としばらく話をしていたが、ほどなくして痛みも治まったのかその手を離し、 自力で歩き始める。ぶつかったショックは大したことはなかったらしい。しかし、大丈夫なのか? 一旦学校に戻って―― 次の瞬間、その女子生徒の身体が路上に突っ込み、ジャストタイミングで通りかかったバスにぶつかって吹っ飛んだ。 ここからでもドカッという嫌な音が聞こえ、彼女の身体が路面を転がっていく。 最初あまりの一瞬のため何が起こったのかわからなかったが、しばらくして理解できた。彼女が歩いていた先の地面に 転がる一つの物体。あの後頭部にぶつけられた野球ボールだ。ぶつかった後、できすぎたタイミングで彼女の進行方向に 落ちていたのだ。そして、まだ痛みが残る女子部員はそのボールの存在に気が付かず、それを踏みつけバランスを崩し、 車道に飛び出してしまった。当然、一瞬の出来事だったためバスの運転手が対応できるわけがない。 そのままブレーキすら掛ける暇なく、彼女の身体をはねとばしてしまった。 ………… ………… 俺たち3人はその光景を見ていたが、言葉一つ吐くことができない。 やがて鶴屋さんが腰を抜かすように床に座り込んでしまう。 ハルヒは机を思いっきり殴りつけ、どうなってんのよ!と叫んでいた。 俺もハルヒに同意だ。 一体何がどうなってやがる……!? ◇◇◇◇ 俺たちは書道部女子部員が駆けつけた救急車に載せられていくのを間近で見守っていた。 全身からの多量の出血がアスファルトの道路を汚している様子に、救急隊員も絶望的だと首を振るばかりだった。 あの様子では助かる見込みはないだろう。 事故現場は封鎖され、警察による実況見分が行われている。 俺たちは目撃者として何点か話を聞かれただけで、すぐに解放された。今回も確実に事故として処理されるだろう。 だがしかしだ。 偶然飛んできた野球の大飛球にぶつかり、あまつさえそのボールを踏んで車道に突っ込んで事故。 これは事故と言っていいのか? 滅多にあり得ない偶然が二つ重なるなんて現実起こりえるんだろうか? しかし、何者かによる故意が確認されなければ事故として判断するしかないだろう。それが現実だ。 昨日――俺とハルヒは先週も目撃したが――に引き続いての事故遭遇に鶴屋さんも完全に普段の元気がそぎ落とされ、 意気消沈しながら自宅からの迎えの車で帰っていった。 正直な話、俺も相当堪えているはずなんだがそれでもまだ正気を保っているのは今までのトンデモ経験と 前回の機関による無差別砲撃戦+核テロを間近に見たせいからだろうか。 一方のハルヒは、気力を削がれるのとは逆に苛立ちを見せていた。男子生徒の偶然が重なりまくった事故死・ 信号機異常による玉突き事故・女子生徒の偶然の事故死……これだけ続けば、ハルヒでなくても不信感を感じるはずだ。 俺だってどうみても何かがおかしいことぐらいは気が付いている。 「これからどうするんだ?」 俺は難しい顔をしたままのハルヒに尋ねてみる。ハルヒはすぐに手帳を鞄から取り出し、何やら確認を始めた。 そして、歩き出して、 「嫌な予感がする。とりあえず他の書道部部員を訪ねてみるわ」 「おい、まさか同じことが他の部員にも起きるかも知れないってことなのか?」 俺の問いかけに、ハルヒは首を振ってから肩をすくめて、 「わかんない。ただ嫌な感じがするのよ。さっきの事故だって故意にしか見えないような事故よ。でも、その事故が起きたのは 全部偶然が重なったからだから、誰かの故意によるもののはずがない。訳わかんないわ。だから、ただ考えてもやもや しているよりかはマシだと思っただけ」 そうかい。ま、確かにぼーっとしているだけってのも嫌な感じが募るだけだしな。 で、どこに向かうんだ? ◇◇◇◇ ハルヒが言った目的地は、もう一人の書道部女子部員の家だった。場所は鶴屋さんから以前聞いていたらしい。 その辺りはしっかりしている奴である。 もう一人の女子部員の家は10階建てのマンションの最上階にあった。長門の住んでいるような高級そうなところである。 俺たちはエレベータで最上階まで上り、その部屋の前に立った。 ハルヒは部屋番号を確認してから数回チャイムを押してみた。団長様の方は問答無用に開けようとしたが、 こっちのハルヒはあっちよりも意外と常識的かもな、とか思ったりしてしまうが、今はそんなことはどうでも良い。 チャイムを鳴らしても一向に返事がないため、もう数回ならしてみた。ついでにノックを含めて、女子部員の名前を呼んでみる。 ――やはり返事がない。 「留守じゃないのか? 買い物にでも出かけているんだろ」 「昨日あんな事があったのに、ほいほい出歩けるようなタイプには見えないけど……」 ハルヒはあごに手を当てて思案顔を見せる。確かにこの女子部員はどっちかというと小心者的な臭いを漂わせていた。 昨日の事故でもかなり怖がっていたしな。 さて――どうしてものか。 と、ここでハルヒは念のためという感じで、扉のノブに手を掛けてる。すると、かちゃっという音とともにあっさりと開いた。 何だ鍵掛けていないのか? 不用心な―― ――と思ったら、突然扉が内側から引っ張られたように閉じた。ほどなくして鍵のかかる音まで聞こえてくる。 「えっ!?」 突然のことにハルヒは目を白黒させた。今のはどう見ても誰かが内側から開いていた扉を閉めたとしか思えない。 しかも鍵も掛けた。 「すいません! 書道部の涼宮ですけど!」 ハルヒはノックとチャイムを繰り返して叫んだが何も返事は返ってこない。さっき内側から鍵を閉められた以上、 誰かがいるのは確実なんだが何で返事が返ってこない? 何かおかしいぞ。 ふと、ハルヒは扉に耳を付けて内部の音を聞き取ろうと試み始めた。俺もそれのマネを始める。 「おい何か聞こえるか――」 「うるさい! ちょっと黙ってなさい!」 ――……っ…… 今なんか聞こえたような…… ――助け――て――! 今のは完全に聞き取れたぞ。中で誰かが助けを求めている! 「ハルヒ! 聞こえたよな!」 「わかっている!」 そうハルヒは叫ぶとドアに体当たりして、何とかこじ開けようとするが、防犯用に作られでもしているのかびくともしない。 俺も体当たりに加勢するがそれでもダメだ。こじ開けるのは無理だぞ、これは。 「なら一階に下りて管理人室から鍵を借りてくるか!?」 「そんな時間ないわよ! ああもうどうしよう!」 「ならドアごとお前の力で吹っ飛ばせよ! それくらいできるんだろ!」 「無茶言わないで! あとで警察になんて説明する気よ!? そこから奴らにかぎつけられたら台無しよ!」 んなこといっても、人命がかかってんだぞ……ってハルヒの能力バレは人類滅亡の鍵か。くそっ、情報統合思念体め、 邪魔ばっかりしやがって。 ハルヒはしばらく爪をかんで考えていたが、やがてドアのすぐ横の窓に気が付く。女子部員の部屋の窓だ。 ここから入れれば、入り口を通らずに部屋の中に入れるが、あいにく頑丈そうな格子が付けられている。 「このくらいなら……」 そうハルヒはつぶやくと両手を格子にかけて、そして、思いっきり力を込め始める。おい、いくらなんでも素手でそれを 壊すのは無理だろ……と思いきや、ガキンと留め金が折れたような音が鳴り、格子があっさりと取り外されてしまった。 馬鹿力にもほどがあるぞ、こいつ。 俺はハルヒが格子を片づけている間にその窓を開けようとしてみるが、鍵がかかっていて開きそうにない。 割れないかと数回拳でぶん殴ってみたが、防犯用のものなのかびくともしやしねえ。 「どいてっ!」 背後から聞こえたハルヒの声に振り返ったときには、すでにこいつは空中一メートルぐらいのところに飛び上がっていた。 そして、ジャンプの勢いを利用してそのまま窓ガラス、しかもちょうど鍵のある近くを的確に蹴る。 見事にがしゃんという音とともに、窓の一部が割れた。変な能力なしでも超人過ぎるぞ、こいつは。 俺はすぐにその割れた箇所から手を突っ込み、窓の鍵を解除した。ハルヒが窓を開け、 「行くわよ、キョン!」 そう言って部屋の中に入っていく。俺もそれに続いた。 部屋の中は女子部員の部屋なのか、普通の女子の香りのするものだった。しかし、一方で鼻につく嫌な臭いも感じる。 その正体は部屋の扉から廊下に出てわかった。猛烈な何かの焼ける臭い。しかもビニールとかそういう加工製品が燃えたあとに 発生する意識を狂わすようなものだ。 見れば、玄関から続く廊下の終着地点にはリビングへと通じるガラス張りの扉があった。そこから見えたリビングの中では めらめらと炎が立ち上がっている。 しかし、どういう訳だか火災報知器もスプリンクラーも作動していない。高級そうなマンションなのに 備え付けられていないとでも言うのか? 「火事が起きているじゃねえか! 早く消防に連絡しねえと!」 「その前に部員を助ける方が先よ! 助けを呼ぶ声が聞こえたんだからまだ生きているはず!」 俺とハルヒは急いでリビング内に入ろうと、扉を開けようとするが、 「あ、あれ? こいつ開かないぞ!?」 何度か俺がノブをひねってみるが、一向に扉は開く気配がない。ノブの軽さから言って、壊れちまっているみたいだ。 このタイミングで壊れるか、普通? 「キョン! あたしがぶち破るからどいて!」 ハルヒは数歩下がって助走距離を取り始める。俺はハルヒの邪魔にならないように廊下の壁に張り付いた。 その時だった。ちらりとガラス扉越しにリビングに人影が見えた気がした。炎があちこちから上がっているため 光の加減でシェルエット状態だったが、それがやや髪の長い小柄の人間であることはすぐにわかった。 女子部員か? まだ中で火から逃げ回っているのかも知れない。 ハルヒの体当たりが始まる。ラグビーのショルダータックルのように、勢いよくガラス扉をぶち破ってリビングの中に入った。 俺も残ったガラスの破片に注意しながらリビング内に入る。 リビング内はあちこちに火が燃え広がり、小火の状態を越えていた。このままでは他の部屋にも次々と引火してしまうだろう。 だが、消化器ぐらいでは押さえ込めそうにない。 ――助け――て―― 息苦しそうでか細い声。俺とハルヒはそれを聞きつけて、辺りを見回す。ふとリビングに隣接しているキッチンの床に 仰向けになっている片足が見えた。 俺はそこに駆けつけると―― 「うっ……」 「きゃあっ!」 俺は思わずうめき声を上げ、ハルヒは小さな悲鳴を出し口を押さえた。 そこには首からダクダク血を流した女子部員が仰向けに倒れていた。必死にタオルを押しつけてそれを止めようと しているようだが、致命的なところを損傷しているらしくタオルが完全に真っ赤になっても止まっていない。 次第にタオルで吸いきれなくなった血が床に広がり始めている。 助けないと――そう俺がキッチン内に入ろうとした時だった。突然、ガスコンロの近くで小さな爆発が起き、 周囲をがたがた揺らす。 その衝撃でキッチンの天井に据え付けられていた戸棚の一つが開いた。そこから数本の包丁が舞うように飛び出し、 女子部員の胸と腹に一本ずつ突き刺さる。 あまりのできすぎた偶然に俺は戦慄を憶えた。だが、一方のハルヒはそうなるよりも助ける方に頭が行っているようで、 「まだ息がある! 早く助けないと!」 そう彼女に近づき始めた。が、またも小規模な爆発と火炎が巻き起こり、うかつに近づくこともできない。 だが、女子部員は包丁が二つも突き刺さりながら、まだ苦しそうな息をしている。まだ生きている。助けなければ。 ――また起きる小さな爆発。俺は炎から起きた閃光に一瞬目を瞑ってしまった。そのタイミングでドカっ!と 何かが床に打ち付けられる音がした。 その音は俺に理由もなく嫌な予感を与えてきた。恐る恐る目を開けてみると―― 「……なんだってんだ」 あまりに酷い状況に俺は地団駄を踏みたくなる。さっきの爆発で女子部員の頭の方におかれていた冷蔵庫が、 事もあろうに彼女の身体の上に倒れたのだ。包丁が垂直に突き刺さっている場所に、あんな重いものが倒れればどうなるか。 釘を打つ金槌と同じ事になる。包丁はさらに深く彼女の身体にめり込んだだろう。 もう微かな叫びも吐息も聞こえなくなった。完全に意識をなくしたのかもしれない。 俺は必死にどうすりゃいいんだと思考回路を早める。隣のハルヒも焦りの表情を浮かべて動けない状態だ。 だが、【偶然】は俺に冷静さを取り戻す暇も与えない。今度はどこかでポンッという小さな破裂音が聞こえ、 続いてシューッという何かが吹き出す音、さらに今までとは違う何とも言えない嫌な臭いが辺り一面に充満し始めた。 これに気が付いたハルヒが、あわてて俺の手をつかみ、玄関に向かって走り出す。 「おい! 助けなくていいのかよ! まだ生きているかも――」 「それどころじゃないっ!」 ハルヒの声は焦りに満ちていた。何が起きようとしているんだ…… 玄関の扉の鍵を開けて、ハルヒと俺が外に飛び出すとそこには予想外の人物がいた。書道部顧問だ。 今日は学校を休んでいたはずなのに、何でここにいるんだ? ――そのとたん、女子部員の部屋でひときわ大きな爆発が起きて、その衝撃が通路を伝って出入り口から吹きだした。 熱波を含んだそれは通路の壁にぶつかり、そのままで上昇気流へと変わる。 俺はあぜんと目を見開くハルヒの顔を、高い位置から見ていた――すぐに気が付く。さっきの爆風で俺の身体は 思いっきり吹っ飛ばされ壁を越えてマンション十階から転落しようとしていた。 ここからは俺に目に入ってきた光景が全てスローモーションに見えた。まずハルヒが壁から身を乗り出し、 ぎりぎりのところで俺の腕を左手でキャッチする。そして、すぐにこっちへ引き寄せようとするが…… すぐにハルヒの顔色が一変した。同時に右手を伸ばしてくる。その方へ俺が首を向かせると、そこには同じように 空中を舞っている書道部顧問の姿があった。その顔は完全に白目をむいている。衝撃で気を失っているに違いない。 ハルヒはさらに壁から身を乗り出し、一番近いところにあった顧問の足をつかもうとした。だが、あと数センチのところで その手が届くことはなく、やがて顧問の身体はマンションの下に向かって落ち始めた。 何かをハルヒは叫んでいた。絶叫していたが、爆風で耳をやられているのか俺には聞こえない。 やがて、顧問を助けることを諦めたハルヒは俺の救出に力を入れ始めた。振り回すように左手でつかんだ俺の腕を 引っ張り、その勢いのまま十階通路に投げ入れる。 「ぐはっ!」 背中から通路に落下したため、俺の口から胃液が飛び出した。背中もじんじんと痛み、やけどを負ったのか 手のひらもジンジンとしびれるような痛みを発していた。 「キョン! キョン! 大丈夫なの!?」 「あ、ああ――何とか……」 とぎれとぎれにハルヒの呼びかけに答えるが、すぐにまた女子部員の部屋で大爆発がおきて、マンション全体を 激しく揺さぶった。 危うく死にそうになった。それも本当に危機一髪だった。ハルヒがいなければ、もう死んでいただろう。 一方のハルヒはすぐに携帯電話を取り出すと、消防への通報をしていた。なんて手際と判断の速い奴だ。 一体今までどれだけの修羅場を踏んできたんだ、こいつは。 ふと、俺は書道部顧問の存在を思い出す。恐る恐るマンション下を見ると、そこには仰向けに倒れぴくりとも動かない 顧問の姿があった。通行人が集まり、悲鳴がわき起こった…… ◇◇◇◇ その後、またもや警察の事情聴取を受けた俺たち。さすがにこうも最近の事故に立ち会ってばかりの俺に不信感を 持ち始めたらしく、いろいろなことを聞かれ夜中まで警察署に拘束されるはめになった。一方のハルヒも事情説明が続き、 なかなか帰らせてくれなかったらしく、二人が無罪放免で解放されたのは夜中の十二時を過ぎた頃だった。 待合室では心配して駆けつけてくれた家族がいた。疑惑はさっさと晴れたことを言うと、ほっとした様子で、 とっとと家に帰りましょうということになった。 ハルヒも家族の迎えがあったので、一足先に帰ったらしい。ただし、伝言があった。 明日話したいことがあるから、どんなことがあっても学校に来るようにと―― ◇◇◇◇ 翌日の朝、俺は通学途中の自転車の駐輪場で眉をひそめてしかめっ面のハルヒと落ち合った。 この様子じゃ昨日のことは堪えるというよりも疑惑を深めたという心情なのだろう。 俺たちはゆっくりと登校ハイキングコースに入りながら話を始める。切り出したのはハルヒからだ。 「どう思う?」 「いい加減、うさんくさいとは思っている。だが、俺の頭じゃ何が起こっているのかさっぱりなのが現状だ」 「おかしいわよ、絶対。いい? 一昨日の自動車事故で助かった十人のうち、三人が昨日立て続けに死んだのよ? しかも、全部事故。それもあり得ないような偶然がつながってね」 「昨日の事故は結局あの女子部員の火の不始末が原因だったというのが警察の調査結果だからな……」 「事情聴取の時に警察から聞き出したんだけどね……」 ハルヒは昨日得た女子部員の身に起こったらしい警察情報を話し始めた。ただしこれはハルヒと警察の推測も混じっている。 元々あの女子部員は料理する趣味があったらしい。ところが電子レンジに入れた料理材料の中に何かの異物が混じっていたのか、 突然それが爆発、その時にレンジの破片が首に刺さって出血となった。止血のためにタオルを探している間に、 火を書けっぱなしにしていたフライパンが引火して炎上、恐らくそれを消そうしたのだろうが、何らかの不手際で リビング中に引火してしまった。そして、やむえず消防局に電話しようとしたが、電話線が火に焼かれて不通に。 そんなことをしている間に出血が酷くなり意識が朦朧となってキッチンに倒れてしまった。そこに俺たちが駆けつけたが、 これまた運悪く爆発の衝撃で飛んできた包丁が身体に刺さり、さらにその上に冷蔵庫が倒れてとどめとなった。 おまけにどういう訳だか、火災報知器などの予防装置は全て故障してたらしい。これはマンション管理の責任問題に なるかも知れない話だが。 話を聞くだけでも人生嫌になりそうな運の悪さの連続だ。はっきり言って【偶然】なんて言える代物ではない。 だがよく考えてみればそうでもなかったりする。たまにあるだろう、運にめぐまれないなぁと思う瞬間が。 身近な例を挙げれば、家で居間を歩いていたら落ちていた画鋲を踏んづけあわててしゃがんでそれを足から取りだしたら、 屈んだはずみで胸ポケットに入れていた携帯電話を落としてしまい、むかつきモードで携帯を拾って歩き出したら テーブルの柄に足の指をぶつけて悶絶する。俺もこのコンボに遭遇したことはあるが、誰かの陰謀だろと叫ばずには いられなかった。 俺の助けた男子生徒、昨日の野球ボールがきっかけとなった書道部女子部員、刺殺・爆死した書道部女子部員の死因を 陰謀云々言うのはその感覚に似ている。【偶然】とは思えないが、【偶然】でしかないのだ。ややこしい。 そういや顧問がどうしてあそこにいたのか理由を俺は知らないんだが。 「あの女子部員の家に呼ばれていたそうよ。相談したいことがあるって言う内容でね。電話の記録も残っていたらしいわ」 意外と警察もしっかりと調べているな。そこまでちゃっかり聞き出すハルヒもさすがだが。 だが、呼ばれて巻き込まれたのも【偶然】か。誰かが故意に起こした事故ではない以上、巻き込まれたに過ぎない。 実際俺たちも危うく巻き込まれるところだったんだ。 と、ここで俺は女子部員の家の中に入る際に、内側から鍵を掛けられたことを思い出し、 「そういや、あの一回締め出しを食らったことは警察に伝えたのか? あれは明らかに誰か別の人間がいたとしか 思えないんだが」 「確かにそうなのよね。でも、その前に警察から言われたわ。女子部員以外が部屋の中にいた形跡はないって。 逃げ道は存在しなかったから、あの場にいたら死体がもう一つ増えていたはずよ」 「わかんねぇぞ。どこぞの怪盗のように小型のハングライダーで窓から脱出したのかも知れん。限りなく低いが、 絶対ってことはないはずだ」 俺の反論に、ハルヒは首を振って、 「それもないわね。だって隣の部屋の住人が焦げた臭いをかぎつけて、ずっとベランダから女子部員の部屋のベランダを 覗こうとしていたらしいわよ。火事になっているんじゃないかと確認しようとしていたらしいわね。 結局爆発の瞬間まで中の様子はうかがえなかったみたいだけど。万一、ベランダから誰かが脱出したらその時点で 気が付いているわよ。あと実はその証言をしている隣人が犯人ってのもなし。ベランダの窓は内側から二重に 鍵が掛けられていて完全な密室状態」 「だが、内側から鍵が閉められたのは事実だ」 「一応言ったけど、相手にされなかったわ。あのマンションオートロックになっているらしくて、最初はなんかのはずみで 旨く扉が閉じていなかった。あと中で火災が起きていたから気圧とかなんかが変わって、ドアを開けた瞬間に 部屋内に空気が殺到し、それに乗って扉が内側から引っ張られたように感じただけじゃないかって一蹴されたわ」 何かいやに的確な反論をする警察だな。ただ、たしかに扉を開けたら風の力で引っ張り返されるというのは 俺も自宅で何度か遭遇したことがある。中で火災が起きていたんじゃ、部屋の空気の状態はめちゃくちゃだろう。 首はひねりたくなるが、否定できる材料もないといったところか。 ――ん? ちょっと待て。今の今まで完全に忘れていたことを思い出したぞ。 「今更なんだが――ついでに警察に言うのも忘れていたんだが、リビングにお前が侵入する直前に、 確か人影を見たような気がするんだが。もちろんリビング内にだぞ」 「……なんでそんな重要なことを忘れているのよ」 ハルヒは口をとがらして抗議の声を上げるが、 「今言っても記憶違いで一蹴されるだけだわ。時間が経って記憶の方が改竄されているし、ぼうぼう火が燃えている中で、 はっきりと模写までできるぐらい鮮明に覚えているとは思えない。実際のところ、どうなのよ」 「いや……」 確かに警察がそこまでしっかり調べて、中にだれもいませんでしたよと言われてしまうと、俺の見た人影も ただの見間違えじゃないかと思えてくる。事実、記憶上残っている見えたものは女性のような人影だけだからな。 しかし、現代技術ではいないように見せられる存在もこの世界にはいるはずだ。 「情報統合思念体が何か関与している形跡はないのか? 連中なら偶然に見せかけた殺人や誰もいないところに 沸いて出てくることだってできるだろ?」 俺の指摘に対し、ハルヒは首をひねって、 「確かに絶対とは言えないんだけど、奴らが動いた形跡はないわ。そもそもこんな事やって何の意味があるのか さっぱりわからないしね。可能性は捨るつもりはないけど」 とのこと。確かに朝倉や長門――あいつにこんな事はして欲しくないが――がこんなことをしでかしても何の意味があるのか。 そうなると―― 俺ははっと気が付いた。もう一ついないはずの場所に現れることができる人間が。未来人である。 しかし、まず断言したい。朝比奈さんがこんなことをできるわけがない。あの気が弱くって愛らしいあの方は 目の前に死体――多丸さんの偽死体だったが――を見ただけで卒倒するほどだぞ。自分の手で実行できてたまるか。 あと他の未来人の仕業は十分にあり得るが、俺は何度もありえない【偶然】を目撃している。いくら未来人がTPDDとやらで 時間を超えられる装置か何かを持っていたとしても、【偶然】の発生まで制御できるとは思えない。 そんなマネができるなら、俺の世界の時でも何度か目にする機会はあったはずだ。これでも朝比奈さん(大)と行動をともにした 機会は多かったからな。 そんなわけで今のところは、未来人関与の可能性について俺の中で速攻却下だからハルヒにも言わないでおく。 こいつに言ってへたに疑いだしたら面倒事になるかもしれないから、胸の内に仕舞っておこう。 と、ここでハルヒは思い出したように。 「あと今日の放課後、関係者全員書道部の部室に集まるように連絡したから。あんたもちゃんと来なさいよ」 「……何でまた」 俺が疑問を投げると、ハルヒはにらみを返してきて、 「いい? 一昨日の事故を免れた十人のうち三人が昨日のうちにみんな死んだのよ? 全部事故で死因自体に共通点はない。 ただ唯一の共通点は生存者であるということ。しかも、ただ生き延びたんじゃなくて、あんたの予知能力のおかげで 生き延びた人ばかり。一回目の予知能力を使った男子生徒も同じだった」 十人……俺・ハルヒ・谷口・国木田・鶴屋さん・朝比奈さん・書道部女子部員三名と顧問か。 まさかこれと同じ事が起こり続けるかも知れないって言うのか? ハルヒは真剣かつ深刻な顔で、 「そうよ。偶然がつながりすぎている。今のところ他者の思惑は見えないけど、何かが起きていると考えるべきだわ。 あらかじめ各自話し合って意識しておくことは重要だと思うから。あ、もちろん予知能力の話はしないけどね」 確かにハルヒの言うとおりだろう。例え【偶然】であってもその【偶然】にはまって死なないように、気をつけておくことは 重要かも知れない。自動車事故と同じで、少し気をつければ回避できるレベルのものかも知れないからな。 ――そんなことを話しているうちに北高まで俺たちは到着していた。 ◇◇◇◇ そんなわけで放課後。 三名が欠けた書道部部室で対策会議が始まった。 「事情を知っている人、知らない人多分様々だろうから、今までの経緯を話しておくわ」 ハルヒが今日の朝俺と話した内容を掻い摘んで説明し始める。すっかり立場は部長の位置になっているが、 やっぱりこういうリーダー的立場がこいつにはしっくり来る。 俺は説明を聞きながら参加メンバーを確認した。 朝比奈さん。かなり意気消沈気味だが、参加してくれている。あの調子じゃ何があったのかもう知っているのだろう。 鶴屋さん。こっちも立て続けに起きる惨劇にすっかりいつものさっぱりぶりは消え失せ、どこか憂鬱な表情を浮かべていた。 谷口。こいつは状況をほとんど知らなかったらしく、ハルヒの説明に仰天の声を上げていた。いつものそれほど変わっていない。 国木田。谷口同様だったので、ハルヒの話を興味深そうに聞いている。さして落ち込んだ様子は見えない。 書道部部長(女子)。一昨日の事故のショックも冷めないうちに、部員全員と顧問が昨日一日で事故死した事に憔悴しきっている。 あと俺とハルヒ。計七名全員そろっていた。 ハルヒは練習もしていないのに、弁論大会の演説のごとくきっちりわかりやすく説明していく。こいつの能力の高さは天井知らずだ。 ただし、当然予知能力は伏せておく。ついでに一回目の予知能力で救った少年がその後死んだことも触れないでおいている。 これは話の焦点を一昨日の自動車事故にしておきたいというハルヒの意向からだった。いたずらに広げるとややこしくなるだけだから。 やれやれ、本当に予定外の行動で死を回避した生存者をひたすらストーキングしてくる死神の映画みたいになってきたな。 ………… 「――現況は以上よ。あたしの推測も結構入っているわ。何か質問があれば、じゃんじゃんしてちょうだい。 数十分に渡るハルヒの説明の終了後、質問タイムに入った。 説明後の一同の様子を見てみる。 谷口はいまいち信用していなさそうな顔をしている。 国木田、鶴屋さん、書道部部長(女子)はハルヒの言葉を大体受け入れているようだ。 朝比奈さんはうつむいたままなので、表情が読み取れない。 質問タイムでまず最初に手を挙げたのは谷口だ。 「涼宮の言うことをまとめると、事故を回避した俺たち全員は近日中に偶然死ぬかも知れないってことでいいのかよぉ?」 「そうよ。あくまでもあたしの推測だけど、昨日の三人の死を間近に目撃した身としては、事故死なのに故意としか思えない 不自然な死に方が連続している。そして、死んだ三人の共通点は全員生存者。ならあたしたちにも危険が迫っている可能性があるって事」 「確かにそうかもねっ。昨日あたしもあの子の事故死した瞬間を見ていたけど、偶然にしてはできすぎていたよっ。 その根本原因が一昨日の交差点の事故にあるっていうなら、あたしたちも危険が迫っていると考えるべきだねっ」 鶴屋さんの発言――少々無理しているしゃべり方だったが。 書道部部長(女子)がここで手を挙げて、今後どうするべきなのか、今日亡くなった三人の通夜に行くつもりだが言ってもいいのかと 質問してきた。 ハルヒは腕を組んで、 「対応策ははっきり言ってわからないわ。ただし三人の死因が偶然による事故から来ているものなら、そう言ったものに遭遇しないように 心がける事ね。例えば、料理をするときは一人でしない、道を歩くときは必ず車道から離れたところから歩く、 危険な場所には近づかない……あとすぐに誰かに助けを求められる状態にしておくってのもあるわ。常に携帯を所持しておくとか、 身近な人の電話番号にすぐ通じるようにするとか。ま、普段以上に慎重に行動するって事よ。 その程度で回避できるかも知れないんだから。あと通夜の参加は各自の判断に任せるわ。 家に閉じこもっていろとは言えないし、参加も強制しない。繰り返すけど、さっき話したのはあたしの推測であって、 確定した情報じゃない。ただ状況から考えて危険が迫っている可能性が高いって事を知らせておきたいのよ」 熱弁を振うハルヒに、書道部部長(女子)は力なく頷く。聞けば、部員は昔からの友達だったらしく、 その死は相当ショックだったらしい。通夜や告別式に参加するなと言うのはあまりに酷だろう。 顧問もそれなりに長い付き合いだっただろうし。 一旦全員がしんと静まりかえる。ハルヒも腕を組んで質問がないのか見回していたが、やがてもうないのだろうと判断し、 「今日はこのくらいにしておきましょ。今日は亡くなった人たちの通夜もある。ただし慎重な行動を心がける。いいわね?」 その言葉に全員がうなずいた。 そうして今日の部活動――もう書道部の活動なんてしていないが――も終わりぞろぞろと解散していく。 その途中で俺は谷口に教室脇に引っ張り込まれ、 「おいキョン。おまえ、あの超強力電波女の言うことを信じているのか? はっきり言って死神が追っかけてくるような話なんて 俺はとてもじゃねーが信じられねーぞ」 「俺だって100%信じている訳じゃないが、昨日一日で三人も死んでいるんだ。しかも、俺たちと共通点のある 立場の人間だったら注意するのは当然だろうが。別に不都合なんてないだろ。ただいつも以上に安全に 気をつけるってだけなんだから」 「それはわかっているんだがよー」 谷口は細めでウザったらしくハルヒを見る。どうやらこいつの問題は、ハルヒからの指示という点に 固まっているらしいな。外見とその妙な行動で変わり者に見えるだろうが、あいつはなかなか常識的な奴だ。 勘も良い。味方にすればこれ以上ないくらいに頼もしい奴だよ。俺も何度も助けられたしな。 「ハルヒの言い方や過去の行動についてはこの際頭の中から排除しておけ。実際に面倒なことが起きているってのは 事実なんだからな。ハルヒの言ったことは決して間違いじゃない」 「へいへい。気をつけることにするよ」 わかっているのいないのか、微妙な返事をすると谷口は国木田と一緒に帰路へと付いた。あと、念のためハルヒの判断で 国木田と家の近い書道部部長(女子)も一緒に帰らせることにした。複数人行動は確かに危険回避の第一歩だからな。 鶴屋さんは迎えの車が来ていたので、それに乗って帰って行った。 「じゃあ、ハルにゃん、みくる、キョンくん、気をつけて帰るんだよっ!」 そうハイヤーの窓から手を振って、学校から去っていく。とは言っても亡くなった三人の通夜には参加するって事だから、 あとで顔を合わせることになるだろうけど。 残ったハルヒ、俺、朝比奈さんは校門前に立っていた。 と、ここでハルヒは、 「悪いけど、あたしはちょっと用事があるから先に帰らせてもらうわ。キョン、みくるちゃんをしっかり守って帰るのよ」 「おい、一人で行動していいのかよ?」 と一応言っておいたが、大丈夫よと言ってハルヒは小走りに返っていった。まああいつなら最悪偶然ですら 操作できる力を持っているからな。 あと帰る前に俺の胸にぽんと一発叩いてきたことで、ハルヒが俺に何をさせようとしているのか気が付いた。 つまりは朝比奈さんと二人で帰り、その間に情報を聞き出せって言うことなのだろう。そうなると、ハルヒは今回の一件について 俺と同様に口には出さないが、未来人の関与も疑っているのかも知れない。 「……帰りましょうか」 「はい……」 朝比奈さんは力なく答え、俺に続いて歩き出す。 放課後、日が徐々に傾き始める時間帯になり、一歩一歩踏み出すたびに街の色が赤くなっていく気がする。 二人はしばらく黙ったままだったが、次第に俺はその空気に耐えられなくなり――ついでに黙りでは意味がないこともあるので、 「朝比奈さんはどう思っているんですか? ハルヒの言っていること、信じていますか?」 「わかりません……」 ぽつりと朝比奈さんが答える。 実のところ、朝比奈さんは未来人である以上、上の方の許可さえ取れれば何でも知ることができるはずだ。 知らないと言うことはない。 しかし、どうするか。あなたは未来人ですか?なんて聞けるわけがない。朝比奈さんが自分から言ってくれるまで 待つしかないんだが、とてもそんな空気には見えなかった。 仕方なく他の話をすることにする。全く朝比奈さんと二人っきりで一緒に帰るって言う悶絶寸前シチュエーションなのに 全然楽しくない。 「朝比奈さんは書道部に一年の時から入っていたんですよね」 「はい。鶴屋さんに誘われて入りました。あたし、入学してからしばらくあまり友達もできなくて……。 そんなときに初めて仲良くなったのが鶴屋さんだったんです。それから一緒に書道部に入って、他の部員の人たちとも すぐ仲良くなれました。全部鶴屋さんのおかげです。だからあたし凄く感謝しているんです」 朝比奈さんは柔らかな笑みを浮かべる。やっぱり鶴屋さんはこの人にとって特別な存在なんだな。 ま、一人にしておくと放っておけないっていう鶴屋さんの気持ちもよくわかる。朝比奈さんを見ていると 守ってあげたいという感情が生まれてくるし。 この時点で俺はますます今回の事に朝比奈さんが関与しているという考えが薄らいだ。 万一、あの自動車事故から逃れた人を再度全員抹殺しようとしているなら、その対象には鶴屋さんも含まれてしまう。 この朝比奈さんにそんなことができるか? できてたまるか――できるわけがない。 俺は話を続ける。 「でも最近は大変だったでしょう? あのハルヒが入部してからいろいろ騒がしくなりましたから」 「ええ、涼宮さん凄く強引ですから……ああっ、涼宮さんのことが嫌いって訳じゃないですよぉ? ただもうちょっとあの――その――」 「良いんですよ。あいつはもうちょっと自分の行動を抑制すべきですからね。全く今度しっかり言っておきます」 「いえいえ、良いんです。それにあたしちょっと涼宮さんがうらやましい」 「え?」 「凄いじゃないですか。行動力も実行力も。あたしなんかとは違って、何でも完璧にこなせて凄くうらやましい……」 いや、あいつは確かに能力的には完璧ですが人格に少々問題がありますよ? 確かにそれなりに常識は持っていますが。 行動は思いつきの突発ばかりだし、わがままだし、自己中で…… 「良いコンビですね。涼宮さんとキョンくんって。それだけはっきりと相手のことを言えるんだから」 唐突にとんでもないことを言い出す朝比奈さん。良いコンビというよりも腐れ縁というか向こうがかみついてきて話さないというか。 俺が憮然と考えていると、朝比奈さんは横でクスクスと微笑んでいた。やれやれ、勘違いをされるのは嫌だが、 朝比奈さんがこの笑顔を見せてくれるなら、悪い気分ではないな。 ――ここでしばらく二人の間に沈黙が流れる。俺は横目でちらりと朝比奈さんの表情を浮かべると、先ほどまでとは違って 少しだけ真剣な表情になっていた。落ち込んでいるのとは別の方向で。 ほどなくして、ここで朝比奈さんの方から口を開く。 「……キョンくんは運命って言うものを信じますか?」 唐突な質問だったため、俺はしばらく言葉を失ってしまったが、 「……ええ。たぶんあるんじゃないですかね。決められた出来事って言うのはあるような気がしますし」 「じゃあ、亡くなった三人は運命で決められていたといったらどう思います?」 運命。きっと俺の世界の朝比奈さんなら【既定事項】という言葉を使うだろう。つまり、あの三人が死ぬのは 決まっていた事なのだろうか。いや待て、勘ぐりすぎだ。この朝比奈さんは俺にまだ自分が未来人であることを カミングアウトしていないんだから。焦るな俺。 「そんな運命なら受け入れたくないですね。俺が万一事前にそれを知ることができたら全力でそれを回避しようとしますよ。 運命だからって死にたくはないですから」 「そうですよね……やっぱり……」 そう言って朝比奈さんは視線を下げた。何だ? 何を言いたいんだ? 「涼宮さんは言っていましたよね。あの自動車事故を回避したから、そのつじつま合わせのために あたしたちがまた死の危険にさらされているって。なら、きっと自動車事故で死ぬのがみんなの運命だったんです。 でも、それを回避してしまったからこんな事になっている」 と、ここまで言って朝比奈さんは自分の言っている意味に気が付き、 「あっ、えっと、キョンくんを非難しているんじゃないんです。あの時みんなを助けてくれたことは その……感謝……しています。ただ、涼宮さんの言葉をそのまま受け取ると、結局そうなってしまうって事なので……」 「そうですね……朝比奈さんの言うとおりです。だけど、俺はそれは決して無駄だったとは思いませんよ?」 「え?」 俺の言葉に、朝比奈さんが不思議そうな顔を見せる。 死を乗り越えても、また死が追ってくる。確かにそれだと最初に乗り越えた意味はないように感じるかも知れないが、 それは違う。なぜなら―― 「あの自動車事故を乗り越えられたから、俺たちは今こうやって立っていられるんです。そして、危機が迫っていることも 知ることができました。おかげで死ななくても済むかも知れない。これだけでも大きな意味があると思うんです」 朝比奈さんははっと顔を上げて、俺を見つめた。その目にはうっすらと涙が浮かび、何かを訴えようとしている。 だが口だけがぱくぱく動いて一向に言葉が出てこない。 すぐに朝比奈さんは口を押さえて、またうつむいてしまい、 「何でも……ない……です……」 そうつぶやく。だが、朝比奈さんの今の一瞬を俺は見逃さなかった。言おうとしているのに言えない。 このポーズは何度も見たことがある。あの禁則事項ってやつだ。つまり朝比奈さんは俺の知っている未来人と 同様の状態である証拠となる。 朝比奈さんは未来人。本人からカミングアウトされなくても、この確認だけはようやくできた。 ならどうにかして今の惨劇を食い止めるための協力を取り付けたい。 「朝比奈さん。俺は何とかして他のみんなを守りたいんです。手を貸してもらえませんか?」 「え、ふえ? でも、あたしにできることなんてほとんど……」 「できることは必ずあるはずです。一緒に考えましょう。どんな些細なことでもやってみる価値はあると思うんです」 俺なりに必死に説得したつもりだったが、朝比奈さんは目を合わせようとしなかった。 ダメか。いきなり言ってもそりゃ混乱するだけだよな。 俺は嘆息すると、 「すいません。何か迫るようなことしちまって。でもこの最悪の状況は何とか抜け出したいと思っているんです。 それは忘れないでください」 その言葉に、朝比奈さんはこくりとうなずいた。今日はここまでだな。これ以上せまると逆効果だ。 ちょうど駅前までついたし。 俺はすっと朝比奈さんから離れ、 「今日はいろいろすいませんでした。また明日――ああ後の通夜でもお会いしそうですね。じゃあ、その時まで」 「はい。キョンくん、さようなら」 そう言って俺たちは別れようとする――が、俺は一つだけ聞いておきたいことを思い出し、すぐに彼女を呼び止め、 「朝比奈さん! 一つだけ良いですか?」 「あ、はい。何でしょうか?」 「できるならあの事故が起きる前に戻りたいと思いますか?」 ――俺の言葉とともに、少し強い風が周囲を通過した。朝比奈さんの長い髪の毛がなびく。 そして、柔らかな微笑みを浮かべて言った。 「はい。キョンくんや涼宮さん、鶴屋さんたちと一緒にいたかったです」 俺はその言葉にほっと胸をなで下ろし、手を振りながら朝比奈さんと別れる。 よかった。朝比奈さんは今の生活を維持したいと考えている。贅沢は言えない。今はそれだけで十分さ。 ――俺はこの時どうして朝比奈さんは『一緒にいたかった』という過去形を使っていたのか、 もっと深く考えるべきだったのかも知れない。 ◇◇◇◇ 俺は通夜に何か起こるのではと警戒していたが、結局何も起きずに平穏に終了した。 さらに意外なことにそれから数日は何も変化の無い日常が続いた。 事態が急変したのは、週末になってからである。 涼宮ハルヒのSS 厳選名作集 長編 涼宮ハルヒの軌跡